チクッと、鋭い話(2023年3月・香川県・海岸寺)

春と秋になると讃岐が呼んでいる。
勝手にそう思っている。
3月25日は多度津の海岸寺で春のミニ遍路が行われる日である。

あいにくの雨予報。
しかし、弘法大師のご加護か、それともMさんのてるてる坊主のおかげか。
曇り空で雨はまぬがれた。
それゆえ参加者は昨年に比べて控えめだったか。

いいこともある。
前までは、狭い小径を大勢で行くので先頭から最後尾が遠い。
スタッフとしては、必然的に住職の話を聞くことができなかった。
今回は少人数で声がよく聞けた。なにより内容も興味深かった。

ウオーク前の準備運動の担当は、鍼灸マッサージ師のSくん。
身体をほぐして、いざ出陣!

参道の札所は1番・霊山寺から始まり、本家の札所のエピソードを説明されていく。
88箇所はそれなりに勉強しているので、ここらはなんとなくわかる。
聞き所は、札所の間にある石碑群。
たとえば、坂道の途中に「使命」とか彫られた碑が出てくる。

「これは植物学の牧野富太郎博士の奥様が言われた言葉だそうです。
植物を研究することはあなたの使命で、ほかのことはしなくていいのですと。
先々代住職はこのエピソードに感動して、石碑にしたそうです」

NHKの朝ドラで主人公のモデルとなっている牧野富太郎である。
これなどは、説明がないとわからない。

ウサギの話はよくできたものである。
石碑から少し上ると、オリが見えてくる。

中はウサギとニワトリでにぎわっている。
昔は、もっといろいろいて、クジャクなども飼われていたそうである。
さながらミニ動物園である。
ところが、ある日野犬にオリを破られて、生き物が襲われたという。
助かったのはウサギだけだった。
オリからすぐのところに文殊堂が建っている。

「文殊菩薩は卯年の守り本尊でもあります。だからウサギさんは助かったのかもしれません」

おぉ、えげつない話ではあるがよくできてきる。
強烈な功徳もありそうで、参拝者も納得顔で文殊堂に足を運ぶ。

ミニ遍路道を歩いていると、気付くこともある。
坂の頂上付近に道をふさぐ倒木があった。
地元スタッフがいうには「前はなかったけど、大風なんかで倒れたんやろね」とのこと。
以前廻れた道が使えなくて、狭い道を行き違いせねばならなかった。
「次までにはなんとかせんとね」。「大きいからチェーンソーとかいるよね」。
チェーンソーは触ったことないなぁ…。そんなことを考えるのは少し楽しい。

ありがたいこともある。
前回秋のミニ遍路に参加してくれた方が逗留されており、
崩落した壁を修繕してくれていた。
コンクリートを固めて地元の方と人力で埋めていく。
頭の下がる布施行である。

無事にミニ遍路を終えると、スタッフで極上うどんの「根っこ」へ。
こしの強い太麺の美味といったら、あの「丸亀製麺」とは比較にならない。
天ぷらもサクッと揚げられていてバリバリいける。
うまいうどんを満喫したのはよかったが、多度津を揺るがす一騒動起こしてしまった。

翌日が仕事で、小生は帰らねばならなかった。
さてと、余裕を持って3時過ぎに海岸寺駅に向かおうとしたが、ない!
携帯電話がないのだ。
いろいろ探したが、見つからない。
「さては、根っこかぁ…」
少し偏頭痛もしたので、妻に車で向かってもらった。
住職の奥様のTさんも「アンドロイド携帯なら、GPSで位置確認できますよ」と助け船。
パソコンで見ると、確かに根っこの周辺にある。
だが、ここから少し事情が入り込んでくる。
香川のうどん屋は商売っ気が薄いので、たいてい夕方には閉まっている。
店と連絡が取れないのだ。帰りの時間もあるので、妻が警察に通報してくれた。
しばらくして、妻から電話。
たまたま近くにいた店の方と会えて、再度調べてもらったが、くだんの携帯は見つからない。
おかしい…さすがに少し焦ってきた。
だが、PCは根っこ周辺をポイントしている。
「GPSいうても100mは誤差があるかも」という話も出てきた。
そうなると…。
妻が知り合いに電話したら、「考えたくないが、近所の人が持って行ったのかもしれない」とおどかされる。
そうこうしているうちに、雨模様の影響か、偏頭痛がひどくなり始めた。
仕方なく、フトンをたたんだ居間に戻り、横になった。
小生の不注意で、妻をはじめみなさんに迷惑をかけている。
そして、偏頭痛は思考力を奪っていく…。

だがお大師さんは見捨てはしなかったとみえる。
妻が赤い携帯を枕元に持ってきてくれた。
奇妙珍妙な事件の顛末は、誠にあっけないものであった。
もとから車の中に落ちていたのである。
根っこに車で行ったから、そこに携帯情報がいくわけである。
店では忘れてなかったし、誰も持って行ったりはしていなかった。
不徳のいたす限りである。
面目ありません。

次なる問題は偏頭痛である。
こちらはよくなるどころか、悪化の一途。
この状態で4時間ぐらい電車に揺られるのは少しつらい。
そんな様子を見切ってか、住職がミニ遍路のとき手伝ってくれた鍼灸マッサージ師のSくんに
連絡してくれていた。ありがたい話、彼は仕事をすべて終えて、また戻ってきてくれたのである。

「天気痛ですね」

Sくんはうなる小生の身体をほぐしていく。
頭痛とともに、心地よさも広がる不思議な感覚。
そして「打ちますよ」との声。
えぇ、打ちますよって、針ですか?
小生、生まれて50年来一度もやったことないんよ。
泣き言は聞かずに、「痛くないですから」とおそらく何本かの針がぶち込まれた…はず。
先に言うと、日本では「針」ではなく「鍼」とする。だから鍼灸。
発祥の地中国では「針」らしい。詳しいことは知らない。
鍼といえば、思い出すのは野球の江川卓。
巨人を引退するときに「ここに鍼を打つともう投げられない…」みたいなことを話して、
子どもながら「鍼打つときは最後なんや」と思い込んでいた。
野球をしていたSくんも「そう言われる方もおられますね」と苦笑い。
事実誤認甚だしくて、鍼でよくなることはあっても、野球人生が終わることはない。
Sくんのトークにも癒やされて、頭痛も治まってきたような気がしてきた。

Sくんは若いけどただ者ではなくて、マッサージの布施行をしながら、歩き遍路を踏破した御仁。
さらには超絶見やすいYouTube「あましのせいけ」も発信し続けている。

「天気痛に効くツボの動画も考えていたので、アップしたらみてください」

施術同様、懇切丁寧でなんだか効きそう。
自我流でのたうち回っているよりは、絶対にいい。
ほかにも動画では様々な身体の変調に対処するツボを紹介してくれるので、ためになる。

針(鍼)に助けられた。

それにしても針など意識に上がったのは、いつ以来か。
裁縫などもう家ではしないから、注射針以外では小学校以来見たことすらないように思う。
(注射が大嫌いなので注射針すら見たことはないが)
ただ仏教には面白いことに「針供養」という行事がある。
これって、日本だけの行事なのかな。
日頃、お世話になった「針」に感謝を伝え、裁縫や手仕事の上達を祈願するのだという。
京都・法輪寺ではこんにゃくに糸のついた針を刺す。
東京・浅草寺では豆腐に針を刺して供養するという。
面白い記事をネットで見つけた。
先日40周年を迎えた東京ディズニーランドだが、開園当時は針供養を行っていたという。
1986年の地元新聞の見出しは「針供養」となっている。
最もTDLと不釣り合わせなワードのようだが…。
キャラクターの様々な衣装を作る際、多くの針が使用されたのだそうだ。
なんとも日本的な逸話だが、そこは天下のディズニーランド。
こんにゃくでも豆腐でもなく、巨大チーズに針を刺して感謝を表したそうだ。
どこかのお寺で使える話だと思うな。

ノッてきたのでもう一話。
小生にとって、「針」といえば「針すなお」が出てくる。
朝日新聞などの政治欄に、風刺画を描かれていた大家。
へたうまの味のある作風で、政治家どもにチクッと「針」を喰らわす。
絵だけなら描ける人はいるだろうが、「そうよな」とうならすには政治もよく知らねばならない。
そこが彼の凄さだろうな。
2023年4月時点ではご存命である。御年80歳のようだ。
ウィキをみると、驚いたことにアイドルグループ・ももクロのグッズデザインもやられていたらしい。
それは是非ともほしかった。
それはそうと、なぜ「針すなお」かというと、彼の生まれは佐賀県の高伝寺。
鍋島家の菩提寺である。ここで住職もつとめられたとある。
訪れたことがあるのだが、殿様の異様にデカいお墓が並んでいたことが印象的だった。
さらに彼がスゴいのは、合気道八段の達人で道場も主宰されている。
杖を使った独自の武術「体の杖」を編み出し、DVDもあるという。
ぶっ飛んでいますな、このお方。

さて「鍼」の話に戻ると、日本には中国から遣唐使が伝えたともいわれる。
そこからだろう。空海が伝えたという言い伝えもあるという。

そう考えると、まわりまわってお大師さんのおかげですよ。
ミニ遍路も、鍼体験も、針知識も。
次の朝はスッキリして、雨の中始発で帰りました。

チクッとするお話でした。