ミニ遍路という誘惑~後編~(2022年4月)

晴れ男だったはずが、最近めっきり雨男である。
しかも今日という日は、1時間ごとの天気予報で「曇り」をチェックしたというのに!
家に戻り、濡れながら洗濯物を取り込む切なさよ。
悔しくて、天気予報に関するサイトをのぞいた。
天気予報の的中率は8割強という。
へぇ、結構やるやん。スーパーコンピューターを使ったらこんなものかと思う。
ただしである。
ネットからの拝借で恐縮だが、大阪の場合で年間通じて晴れの日は70%強だそうである。
つまり、ずっと晴れ予想をしていても70%以上は当たる。
しかも、降水確率とは1mm以上の雨が降る確率。%が高いから強い雨が降るというものではない。
この日のように、降水確率が低くても、降れば日によってはドカッと降る。
昭和のように、半分ぐらいしか信用していなかったころは外れても腹が立たない。
しかし、信用していると腹も立つ。
技術が進歩して腹が立つ。
奇妙な世の中になった。

この日の京都も雨だった。
ただし、こちらは雨予想で折りたたみ傘もあるので腹は立たない。
朝9時に仁和寺を目指す。
メジャー寺にもかかわらず、一度も訪ねる機会がなかった。

仁和寺がしかと記憶に上ったのは、15年以上前の新婚旅行以来だ。
舞台は無責任にギリシャのアテネに飛ぶ。
2人でパルテノン神殿を目指していた。
5月頃だったと思うが、40度近くあって、暑いのなんの。
つるつるの石段をおのぼりさんカップルで石段を登っていた。
しばらくすると石のアーチがあり、「らしきところ」にたどり着いた。
妻は記念撮影をしながら、「こんな小さいのかしら?」と思っていたという。
通行人も続々通り過ぎていく。
そう、完全なる勘違いだったのである。
なぜ私が「こんなもんやろ」と思ったのかは今もってわからない。
ただ、通行人について、本物のパルテノン神殿を拝んだことだけは報告しておく。

なにが言いたいのかといえば、そこで思い出したのが「仁和寺の僧侶」だった。
昭和の学生は古典の時間に「徒然草」を読まされたことだろう。
お題は「仁和寺にある法師」ではなかったか。
年老いた仁和寺の僧が、一念発起して石清水八幡宮を参ったが、下にあった社寺を八幡宮と思って、
「かばかり」と思い、帰ってきたという笑い話である。
「先達はあらまほし」とある。教訓譚なのか。皮肉にも取れるが。
作者の兼好法師は、ほかにも壺を頭に被って抜けなくなった哀れな僧侶の話も残す。
なにか、仁和寺にうらみでもあったかと思うほどのけなし様である。

さておき、仁和寺は昔は皇族が出家して門跡として、門主になったことから御室と呼ばれる。
巨大な二王門(仁王門ではない)をくぐると、延々と砂利が続く広い参道が続く。

かつてはやんごとなき人が往来したであろう格式がうかがえる。
ただし、用事があるのは西門。
何があるかって、そこから仁和寺のミニ遍路のスタートに向かうのである。
本来ならば、みなが参加するウオークイベントだが、あいにくの雨で中止。
それでも京都に宿泊してまで準備したのだからと、現地に急いだ。

仁和寺は世界遺産でもある観光寺院なので、当然入場料がいる。
だが受付で「ミニ遍路」と言えば、境内を通してくれる。
浄土真宗の門徒さんが、手帳で鉄道の割引が受けられる裏技のようなもの。
中門をくぐると、立派な金堂や五重塔が見えるが、ここは泣く泣く素通り。

西門前に、新しく立てられた看板がある。
これこそが目指す仁和寺のミニ遍路こと「OMURO88」の全容である。

仁和寺の裏山にあるミニ遍路とはいかに。
こちらの写し霊場は、昔から存在したが、今日仕様に工夫されている。
どういうことかというと、八十八箇所札所すべてに、美少女キャラが設定されている。
仏教と美少女。北極と南極を結ぶような奇想天外なプロジェクトなのである。

門外に広がる閑静な住宅地を少し歩くと、山への入口があった。
1番札所は小さいながら立派なお堂で、堂守さんまでおられる。

雨の中だが、男女が1組。
目をこらすと、手帳らしきものを取り出した。

「御朱印お願いします」

仁和寺とはいえ、ここは境内からは外れである。
ここを目がけて参拝する者があるとは…。
堂守のご婦人と話していると、

「お遍路は少なくなったとはいえ、いつも来られる方もいますよ」

聞けば、裸足で札所を廻る猛者もおられるという。
説明すると、このミニ遍路は1827年に四国遍路まで行けない人のために
寺の29世済仁法親王が設けられたもので、成就山の山道約3キロを2時間あまりで巡礼するとのこと。

お楽しみは次回…と考えていた。
だが堂守さんが「せっかく来られたんだから」としきりに勧めてくる。
根負けして、巡礼道に足を踏み入れた。
そして、軽くたまげた。
1番同様、すべての札所がお堂になっていて、お大師さんと札所の本尊が祀られているではないか!

石仏が道中にあるだけかと思いきや、さすが御室と呼ばれるだけある…。
しかし、お堂も老朽化しているものも多く、台風で倒壊したものもあるらしい。
先日ようやくお堂を再建したという。
大学生らがボランティアで掃除を手伝ってくれたりと、いい流れも生まれている。

雨の中、すべてを歩く気力はない。
8番から引き返して抜け道を下ると、開けた場所に出る。
これまたびっくり。
忽然と寺が現れた。
これが88番札所の大窪寺。

50人は入れそうな巨大な建造物である。
たかがミニ遍路と侮っていたが、御室はスケールが違う。

本堂に男性がおられたので、話を聞くとプロジェクトの関係者とのこと。
詳しい話を聞かせていただいた。
昨日もこのお堂で「リアムス」が参内していたという。
「リアムス」とは88箇所の美少女キャラクター「御室ムスメ」に扮するお嬢さんである。
スマホの写真をみせていただくと、緑やら黄色の髪でアニメのコスチュームに扮したリアムスが、
本物の僧侶の後ろで護摩供に参加。ファンはそのまた後ろで見守っている。
シュールな絵図であるが、実にそそられる…。
プロジェクトは、単に札所のキャラを設定するのではなく、
リアルなキャラも設定している。
札所には、QRコードを設置。
当日参列したキャラの声優によるありがたいボイスが聞けるという。
リアムスの参加を全員としていないところがミソ。

ふざけているのではない。全力で真剣。
ファンに月1度のウオークに通ってもらうことがねらい。
大まじめに、仏教とは遠いと思われる層を取り込もうとしている。
それが仁和寺のオファーというから、老舗仏教界もずいぶんと柔軟になった。
いや、それほどに仏教会の危機意識を持たれているのかもしれない。
観光寺院と軽く見て、本当にすみませんでした。

ただ一つ大きな疑問があった。

「これって、四国の札所さんはどう思っているんでしょう?」

男性によれば、すべての札所に仁和寺は仁義を切っているという。
強烈な個性が集う本家札所だが、「うちはやめといて」というダメ出しはなかった。
私であれば、「うちで使ってもいいですか」と聞くと思うが、それはまだないとのこと。
まずは様子見というところか。
本堂では、88人の作家が描いた美少女キャラのクリアファイルが売られていた。
800円とやや高いが、88の堂宇の改修費にも回されるという。
4つの県別のクリアファイルもあり、小生は香川バージョンを購入した。

あとで知ることになるが、88人の作家のツイッターのフォロワー総数はウン万以上という。
PRもばっちり。
よく練られた仕組みである。

「5年後が御室のミニ遍路が作られて200年に当たるんです」

それまでに、できる限り札所を整備するということか。
先の堂守さんも「かわいい娘さんもいて楽しそう」と好意的だった。

日本人誰もがお遍路は知っている。
しかし、どれほどの人が巡礼したことがあろうか?
よくて定年後のバス巡礼であろう。
憧れはあるが、実行にハードルは恐ろしく高い。
ならば、やはりミニ遍路からよ。
しかも、めっちゃ親近感のあるところから。
ならばオムロをおすすめする。

これぞ方便の極み。
御朱印ブームから先の仏教への導線が見えなかったが、おぼろげながら燈明がゆらめいた。

兼好法師よ、現代の仁和寺の僧ははるか先を見ていたぞ。