圓教寺⑩~え、九州なん?~

性空という御仁はどこまでも修業熱心だったそうじゃ。
はじめ比叡山で勉学を続けたのだが、堕落していた当時の山内の雰囲気に嫌気がさし、
九州の修験道のメッカ・霧島山に身を寄せた。

彼はどこまでも修業の道を究めたかったんじゃろうな。
わしもその気持ちはわかるわい。
俗世と関係を断ち切ると、いろいろと神経も研ぎ澄まされてくるからのう。

こんな話があったそうじゃ。

聞くところによると、霧島山で修業中に、ある家に水を求めると、
ばあさまが「お待ちください」と出て行ったが、一向に帰ってこない。
ようやく帰ってきたばあさまに聞けば「この地は山を越していかないと、水はないんです」という。
それを聞いた性空殿は「それはすまないことをした。でもこれからはそんな心配はいらんぞ」と、
地面に杖を突き刺した。

すると不思議なことに水がわき出て、かの地ちを後々まで潤したという。

性空殿の足跡はいまもかのちに残っておる。
それがこれじゃ。

その湧水が今では「霧島 千年の雫」として、発売されておる。
これは圓教寺でも買えるので、わしもたまにいただいておる。
そして親切にもそのときの性空殿のお話も詳しく書かれておる。

千年というときの流れを感じつつ、のどを潤すのも乙なものぞ。

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