めでたい話である。
MONK衆みなで仲良くさせてもらっている親友が新しいお寺を完成させた。
もちろん、お坊さんである。こっちが勝手に応援しているだけなのだが、彼もまた、我々MONKの「仏法興隆・寺院復興」活動を応援してくれている関係だ。「是非見せたい」ということで、嫁と大阪府狭山市にうかがった。
簡単にいうと、彼はもともと山寺(関西では有名)で修行を積んでいたが、家族ができて、子供も学校に通うのが困難となり、下山〟した。なんせ、蚊帳をつっていても、寝ているときにムカデが落ちてきて、かまれたり…。都会育ちの拙者には想像を絶する場所だった。
両親と山寺の住職と新居を構えたが、そこからが大変。
檀家もないので、葬儀業者などとコネをつくり、365日葬儀を行う。そこには『坊主丸儲け』などと揶揄されるような生やさしいものはない。
電話が来れば、受けられる葬儀は断らない。
彼は言う。
「僕は宗派とか興味がないといえばおかしいけど、
葬儀をあげてほしいという人がいれば、誰でも受けてあげたいんです」
これが彼の本音である。
実際、私が知るお坊さんの中には、自分の宗派や宗祖のことを声高に話し、やっていることは宗祖がいうこととはほど遠い…という人もいらっしゃる。
彼は、軽自動車を乗り回し、遠方で朝早い法事があると、前日からホテルに泊まって、〝出動〟する。
しかも毎日! 休みなど1日もない。
会うたびに、やせていく姿を見て、「これこそ行やな」と恐れ入った。
「何でそこまでやるん?坊さんいうても家族がおるんやし、ちょっとぐらい休んだらいいのに」
当然ながら、彼は家族で出かけたことなど一度もない。
ちなみに、我々が訪れたこの日も朝と晩の法事をこなして、ぐったりしていた。(顔は笑っていたが)
「いやあ、疲れているときは『昔の水飲み百姓(比喩ですよ)よりはましだ』と自分に言い聞かせるんですよ」
そんなことで、疲れた体がいやされるとは到底思えないが、実に大した精神力である。
拙者もそんなときは、『やつよりはましだ』と思うようにした。
そうそう、ちなみに彼の血と汗の結晶で作り上げたセレモニーホールの上にある待合い場所である。
何でも、建築士のおやじのアドバイスもあり、武家屋敷を意識した重厚な造りである。
右手の窓からは、ホラ!
桜がむちゃくちゃ綺麗である。
しかし、やはりお寺である。左手からのぞくと…。
墓、墓、墓。こちらもある意味絶景である。
ともあれ、友人としては、おめでとう&倒れないようにな!