死ぬほどの体験・後編(2019年2月・岡山市・西大寺)

2019年3月11日(月曜)07:20に公開
作者: 空石
ともかく、出陣だ!
寒いと思いきや、さらしが腹に巻かれているので意外に寒くない。
しかも肩を組んで、叫びながらの野郎の大行進。
沿道の応援者とはハイテンションでハイタッチ。
異様な熱気を帯びて、寺の仁王門へと進んでいく。
 
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「闘牛場みたいやぞ」
 
先輩が言っていた通りである。
門をくぐると、境内には柵が設けられ、大声援が飛び込んでくる。
報道席からはフラッシュの嵐。
 
「プロ野球選手もこんな感じなんかなぁ」
 
自分に声援が向けられていないことはわかっていても、手でも振ってみたくなる。
ただ、すぐそこに地獄が待っていた。
 
右手にみそぎ場がある。
石の鳥居の向こうで、叫び声とともに白いしぶきが立ち上がっていた。
 
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恐怖の水垢離を行わなければいけない。
深さは足首までとか言っていたけど、余裕で腰ぐらいまであるやんか!
見ているだけで心臓が凍え、引き返そうと思ったが、人の流れが大きな渦になって、奥に奥へと勝手に押し流される。
後ろからはハイテンションな輩が、水遊びのように冷水をかけまくる。
 
マジでやめてほしい…。
 
スーパー銭湯のにある水風呂の冷たさの非ではなかった。
本当に心の根から冷えた。死んだと思った。
 
だが、不思議が起こる。
そこから出ると、寒さが吹き飛んでいたのである。
極寒からやや寒へと移った体の正常な反応だったのか。それとも興奮状態だったからなのか。なんだか、もう破れかぶれの心境である
 
あとから知るのだが、これは必要不可欠な儀式だったのである。
水を肌に付けていないと、本番の押し合いへし合いで肌と肌が激しくぶつかり、その際切り傷を生じるのだという。
これは参加してよくわかった。
 
再び境内に出ると、今度は牛玉所大権現の御前で安全を祈願する。
これが終わると、轟音が響き渡る本堂の舞台となっている大床へ。
 
ちょっと周りで様子見からと思っていたが、そんな余裕などなく、大床の中央に向かって、押し出された。
いきなり満員電車状態。その表現も手ぬるい。いきなり圧死寸前のぎゅうぎゅうである。
みなが中央を目指すのだが、当然反対方向からは押し返される。
しかも後ろからは「押し返せ。死ぬぞ」とかただならぬ罵声が飛んでくる。
こちらも踏ん張ろうとするが、そんなものはへの突っ張りにもならない。
 
そしてまた別の声。
 
「もうアカン。こいつ出さんとやばい!」
 
そらそうやろ。こら心臓弱いやつは死んでもおかしくないわ。
頭上からは水が降ってきて、無数の体温で一瞬で湯気に変わる。
そして、竹から伸びた白い紐が垂れている。
 
それをつかまんとして、無力な腕が差し出される。
 
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事前に言われていた。
 
「手は上に突き出して下さいね。体が沈み込んでいきますから。そうなったら、最後。
踏みつけられたり、とんでもないことになりますから」
 
言われたとおり、両手を上に差し出した。みなもそう言われているので、そうしている。
だから、私の眼前はぶっとい腕だらけである。
阿鼻叫喚の修羅場とはこのこと。
 
スピーカーは無情にも「あと40分です」と告げる。
早く始まってくれ!
ものの本によれば、大床には、約5000人の人間がひしめき合っているという。
1人が日本酒を注ぐ一升枡ぐらいの広さに立たされている計算だという。
こんな押し合いへし合いの中に、まだいなければならないのか…。
意識がもうろうとしてきて、一瞬爆音が途絶えたように思えた。
 
「俺らは地獄にいるんやわ。これは蜘蛛の糸やな」
 
踏ん張る力も消え失せて、体をゆだねた。
中央に押し倒され、やがて押し返される。
男衆の海に放り出されて、漂流していた。
怖かった罵声も関係ない。
なるようになれと、腹をくくった。
正確に言うと、すべてを諦めた。
 
「あと10分です」
 
「ウオッー!」
 
地鳴りのような叫び声が、狭い舞台に響き渡る。
そこからはあまり正確に覚えていない。
 
そして、明かりが消えた。
頭上の御福窓(ごふくまど)から宝木が投下されたのだ。
 
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(これは閉まっているが、この窓が開いて、宝木が投げ込まれる)
 
その瞬間は正直わからなかった。
 
気がつけば、すぐに本堂から境内に下りる石段近くに放り出されていた。
宝木はどこにあるのだろうか?
ゆったり考えている暇はなかった。
今度は人の波が襲ってくる。
体を支えていないと、石段から蹴落とされてしまう。
不幸な参加者が、石段を転げ落ちていく。全身打撲は必至…。
思わず、顔をしかめた。
 
とにかくやばい。
 
「逃げよう」
 
ようやく防衛本能が目を覚ました。
 
とはいえ、逃げ場がないのだ。
人のいないところに行こうとすると、なぜだか人波が襲ってくる。
宝木の奪い合いの舞台はすでに境内に移っているのだ。
 
後ろからこづかれ、前線に送り込まれる。
今度は支えるものはない。波に飲まれて、気がつけば地べたに倒されていた。
 
すると、罵声が浴びせられる。
 
「はよ、おきんかい、コラァ!」
 
これもあとで知るのだが、これでも彼らは助けてくれているのである。
倒れたままだと、そこに人が覆い被さり、たちまち圧死状態になってしまう。
実際、2007年には不幸にも亡くなられた方もいらっしゃる。
なので、乱暴だが引きずるようにしてでも、立ち上がらせてくる。
 
それにしても、逃げているのに勝手に宝木の集団が向かってくる悲劇。
興奮した一団が「あそこや!」となだれ込み、そこにまた引きづり込まれる。
もうよくわからん。
 
でもどうして、宝のありかがわかるのか?
そう思うのが当然であろう。
これがよくできている。
宝木には香がまぶされていて、周囲に強烈な芳香を発しているのである。
それを目指して、裸の男が殺到する。まさに猛犬の群れである。
手にしているものは、何が何でも渡さずにキープするため、まわしの中に入れてでもガードする。
手に握っていると、周りの人間に指を1本づつはがされていくのだという。
あな恐ろしや…。
 
長い時間が経ったような気がした。
どんな合図が覚えていないが、「終了」のコールが流れた。
 
「終わったぁ」と漏らしたと思うが、「助かったぁ」というのが本心であった。
すると、どう猛な獣どもが礼儀正しい紳士然となるから不思議。
さきほどまで、殴らんばかりにいきり立っていた輩たちが「どうやった?」などと気楽に話し合っている。
狐につままれた感じ。
 
再び着替えのテントまで歩いて行く。
テープでぐるぐる巻きに固定していた足袋を外した。
 
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踏まれ倒していたのであろう。
正気に戻ると、擦り傷のような痛みがこみ上げてきた。
おそらく、全身にも切り傷があるのであろう。
テント前には仮設の風呂まで用意されていたが、辞退した。
傷にしみそうで…。
 
テントには意外に、多くの参加者が帰還していた。
 
「あれ、いま戻ったんですか?」
 
仲間が笑顔で近づいてきた。
 
「取りましたよ」
 
「へ?」
 
棒きれを突き出されたが、なんとこれがみなが血眼になって探していた宝木である。
割り箸を紐で束ねたような、なんとも簡素なお宝である。
 
あっけなく見とれていると、
 
「それは大関級のやつで、横綱はもっと太いやつで2本投げ込まれているんです。陰と陽の2本です」
 
でもなんで2本なんやろか?
後日、お寺の方にうかがうと、「男性と女性を表しているとも言われています」と教えてくれた。
でも、2本に違いはないらしい。どちらかが陰で、どちらかが陽。
五穀豊穣も祈願しているので、作物がよく育つようにおしべとめしべの陽と陰とも。
それにしても、陰と陽なんて発想は、仏教由来というより、陰陽道や道教からやろうと思う。
 
さておき、大関級は宝木(しんぎ)とは言わず、串牛玉(くしごおう)と呼ばれるという。
 
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 (真ん中の彼が握っているのが串牛玉。つまり小さい方)
 
本物の宝木を拝もうと思えば、寺の宝物館に展示されているらしい。
でも、大関は大関で大したもの。
 
でもどうやってゲットしたんだろか?
 
「気がついたら、胸のあたりに落ちてきて、見つからないようにそおっとまわしの中に隠したんです」
 
これぞ「ゆるふん効果」だった。
きつくまわしを縛っていると、まわしに隠したくても、きつくてお宝を押し込めない。
出陣前を思い出す。
彼は「こんなんで大丈夫かな」と言っていたら、ベテランが「ゆるふんの方がいいときもある」とたしなめていた。
このことであった。
 
串牛玉は10本ぐらい投下されるとのこと。
それでも1万人のうちの10人である。彼はちょっとしたヒーローである。
「見せてくれ」と人が寄ってきて、無欲でゲットした彼は申し訳なさそうに、お宝を差し出す。
 
過去に宝木を奪ったベテランさんがいろいろ教えてくれた。
こなれたやつは、チームを組んでくるという。
 
「柱の近くは、潰されてしまう恐れがあるので、みんな避けるんですが、その裏に見張りを立てるんです」
 
柱の表は地獄だが、境内側の裏は安全地帯。そこに立ち、じっと宝木が投入される瞬間に目をこらし、
ターゲットを見定めるのである。
そして、指示して宝木を仲間が奪ったら、チームプレーでリレーして、素早く境内へ。
いち早く指定された場所にゴールし、福男になる。
あわよくば…などと思っていたが、考えてみれば、どこに行けばゴールかもわかっていなかった。
 
でも、よくこんな激しい奪い合いでけんかにならんなと感心する。
意外な工夫もあるらしい。
 
例えば彼がゲットした串牛玉。これは5本ぐらいの割り箸(?)の束である。
 
「どうにもならない奪い合いになったときに、『みんなで分けよう』ということにするんです」
 
だから、1本でなく、5本もあるのか(彼は運良くすべてあるが…)。
 
ベテランさんは続ける。
 
「でもね、いつもそういうときに限って6人いたりするんですよ」
 
見事なオチである。
 
テントの中の猛者たちも笑顔ながら、疲労困憊である。
どんちゃん騒ぎをする体力も残っておらず、少し小腹に入れて、三々五々となる。
後腐れのないすがすがしい祭りのあとである。
 
最後に世話役の方に、深々と頭を下げた。
彼は事前の宴の席でこう話していた。
 
「はじめはね、必死に参加しとったけど、年とともに役割も変わっていくんよ。それは参加してみればわかると思うよ」
 
おそらくこういうことだと思う。
参加者の中には、お宝よりも大事故を防ぐために、目を光らせている助っ人もいるということだろう。
私が倒れたとき、素早く立ち上がらせてくれたあの腕。
おそらく彼らがいなければ、この祭りは成立しないだろう。
 
ちなみに岡山には規模は西大寺にかなわないが、裸祭りがあるらしい。
岡山の地元情報を掲載するHPによると、会陽は平成31年で金山寺、無量寿院など岡山県内で13会場あるという。
ついでに調べると、お隣の広島や鳥取にもあるようだ。
さらに、香川の善通寺にもあるというから、会陽という裸祭りは日本に広く伝わる祭りのようだ。
 
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(祭りのあとは一転、のどかなものである)
 
 
それにしても本当に貴重な体験をさせていただいた。
心地よい全身筋肉痛とともに…。
 
 
 
  ●西大寺
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