新聞でタイ出家;巡礼の決意を新たに!(2001年5月)

空石よ、

今日の朝日新聞日曜版で、「旅する記者」というシリーズにてタイのチェンマイでの出家の様子が書かれていた。俺も在家での出家を目指して頭を剃った日のことを思い出し、何か忘れていた仏道修行への思い出がよみがえったわ。

何かええので、もし朝日が近くにあればチェックしてくれたまえ。空石はチェンマイ或いはタイには行ったのか?

やはり、定期的な寺への訪問或いは仏との邂逅は、それが通常の意味での鑑賞というだけでなく、1) 自分も菩薩であり常に社会に奉仕するという認識、2) 異界(究極のハレ空間)との接触により日常の垢を落とす、3) そういう濃い鋭く枯れたトークがかませる人間と時を共有する、という大きく大事な、「精神の巡礼」の意味を持つものであることよ、と感じたな。

「出家」というのは巨大なことなので定期的に出来るものではないが、「日常の浮世の中に組み込まれた異界と自分との出会い、巡礼」という作業ならば、可能やろう。そしてそれを社会に問うていくことも、肝要やろう。また、こういうことが出来なくなったら、既に、人生は惰性の日常に流されて俺らの掌から滑り落ちているのかも知れんのう。

そういうことを色々と、新聞読んで思い、身が引き締まった。

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