大横綱・双葉山の強さの秘密とは(2017年3月・大分県中津市・円應寺)

3月12日から大相撲春場所である。
久々の日本人横綱・稀勢の里の奮闘に期待である。
 
今回の舞台は、大分である。
福岡県の隣でさして遠いとは思えないが、
さりとて仕事ではよらないので、北九州を訪れた折に、思い切って足を伸ばしてみた。
 
思っていた通りの田舎町…。
ただ、この寂れた風情がなんともいえず、グッとくる。
石仏で有名な国東半島をグルリとまわり、きびすを返し、アポを入れておいた円應寺を訪れる。
中津という町は、福沢諭吉の出身地として知られる。
そして、近年は大河ドラマの主人公ともなった黒田勘兵衛築城の城でも有名である。
そんな名城の近くに寺町がある。
戦のときは軍事拠点として利用するためである。
ご多分に漏れず、中津もそうであった。だから寺が多い。
行きたい寺はあまたあれど、時間がない。
断腸の思いで、一寺に絞った。それが円應寺。
なぜって?
写真を見れば、理解いただけると思う。
 
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そう、なんせ河童の墓があるんだから。
電話を入れていたこともあったが、ご住職が実にご丁寧に説明をしてくださった。
そもそもなんで、河童のお寺?
 
「江戸時代の中頃、当時の住職が河童が相撲を取っているのを見て、『おまえたちは苦しみがなくていいなぁ』ともらした。怒る河童に住職は『世の中は楽しみだけではなく、苦しみもある』と仏教的なお話をされた」
 
それを聞いて、信心を起こした河童の頭目は、仲間を引き連れてお寺に来たという。
 
「和尚の話に感心したので、みなにも法話を授けてほしい」
 
3日後に河童が群れをなして、お堂に訪れた。
こりゃ驚いたに違いない。
 
「お前らの信心にはわしも感心した。仏弟子として戒名を授けよう」
 
それがこのお墓の由来である。
よく見ると、卒塔婆には、3人(?)の戒名が書かれている。
岡本宇兵衛、竹本三太夫、蔵本要助という。
なかなかほほえましい話ではないか。
河童はお寺に、お礼もしているという。
それがこちら。
 
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「水という印が入った家は、河童が火事から守るというのです」
 
火難、水難よけとして、お寺が知られることになるのである。
ご親切に、ご住職からそのお札をいただいた。
こんな素朴なファンタジーは大好きである。
 
ただ「ファンタジーともいい切れないんですよ。こんな話しもあるんです」
 
ご住職の目がキラリと輝く。
 
「うちの祖父が小僧をされていたとき、ぼやがあり、火事であることを知らせに行って帰ってくると、
ぼやは鎮火。火元には、誰がやってくれたかはわかりませんが、泥がべったり塗られていたといいます」
 
これぞ河童のご恩というわけですな。
ほかに河童にまつわる話もあるという。
 
「大分(隣の現宇佐市)からは大横綱双葉山が出ました。ここを訪ねられた方がおっしゃったんですよ」
「なんで双葉山が強かったか知ってるか? あれはな、子どものころから河童と相撲を取ってたんだ。だから(角界不滅の)69連勝もできたんだ」
 
なるほど、河童が大横綱をつくったわけだ。
これはいい話だ。
面白い話が出るわ、出るわで興味が尽きなかったが、ご住職も次のご予定で泣く泣く寺をあとにした。
さらにこんなものもありました。
 
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水がないと生きていけない河童のために池を用意したのですが、水がないのだそうです。
 
「なんとかしたいのですけど…」とご住職。
 
ほんと、河童のためにもなんとかしてあげたい。
どこまでも河童とともに歩むお寺ですから。
 
 
円應寺
 大分県中津市寺町961-2
 JR日豊本線・中津から徒歩8分
  ☎0979-22-3509
 
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