シンポジウム「マインドフルネス瞑想と日本社会ー仏教の突破口?」

シンポジウム「マインドフルネス瞑想と日本社会ー仏教の突破口?」

http://www.musashino-u.ac.jp/bukken/gyouji.html

 

表題タイトルのイベントが先週末に三鷹の武蔵野大学にて開催された。非常に興味があったので赴き、最前列にて拝聴させてもらう。フロアからの質問も的を得たよいものであり、それに答えるシンポジスト(4名)の反応もヴィヴィッドであり大変楽しませてもらった。200席以上の会場が満員御礼。

 

特に興味深かったのは、先端認知科学と仏教瞑想との接点を語っていたシンポジストの平原憲道氏。この方だけが科学系であり、他の3名の方々(僧侶2名、体験者1名)とは異なる立場から、的確で自由に発言をされていた。彼は「言われるほど日本でマインドフルネスは流行ってない」、「米国と文脈が異なるから日本で流行らせるのには大きな工夫が必要」と敢えて水を差すような論陣を張り、故にこそ伝統仏教界が「これで人が増えるね」などと楽観するのは本末転倒と厳しく指摘していた。同じくシンポジストだった山下良道老師の唱える 「Buddhism 3.0」のような、創意工夫をたっぷり入れねばなるまいとの指摘はごもっとも。フロアから拍手を受けていた。

 

私こと円瓢も、このmindfulness瞑想を知ってから長いが、このスタイルは下敷きが南方系仏教なだけあり、仏教の誇る「止観瞑想」のうち、日本の禅宗が弱い「観」の部分を重点的にやっていると感じている。禅宗は心のざわめきを停める「止」の部分に関してはmethodが豊富だが、体内の微小な感覚を見ていく「観」のmethodがあまり伝わっておらず、「難しい瞑想」になってしまいがちな坐禅となるという反省が。例えば、気功が初心者には入りやすいがあれと同じ感じか。実際、山下老師の鎌倉の寺では立禅(站椿功: たんとうこう)も取り入れている。

 

既存禅宗が、マインドフルネスを「updateされた坐禅ですわ!」と喝破して門戸を開くような柔軟さを見せたら、日本でももっと広がると思うけどなぁ。「ビルの一室で行っている新しい瞑想です」とやってしまうと、オウム真理教の事件からまだ続いているヨガ系へのアレルギーを刺激してしまい客は遠のく気がする。これも平原氏が指摘していたが。まぁ中々難しいとは思うが。山下老師は藤田一照老師という現役曹洞宗禅僧と組んで活動をされているので、曹洞宗で動きがあるかも知れない。…と期待する。

 

後で聞いたのだが、このマインドフルネスのイベントはかなりの人気だったよう。通常も人気のある武蔵野大の公開講座らしいが、今回は「若年層(と言っても30~50代ぐらいってことだが)がかなり多い」という印象だったとのこと。このmovementがどの辺りにアピールしているかがよく分かるというもの。

 

宗教色を取り除くスタイルにはもちろん批判もあろが、その大きな心身調整効果を考えると、我が国において進行する「多死時代の日本人の往き方とケア」の辺りで医療ともがっちり手を組む日が来るのではないかなどと夢想する。

 

よい週末でした。

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