つかみきれぬ山(2015年8月・奈良県生駒市・宝山寺)

先日、仕事で関西に帰ったら、仕事場が生駒山の山麓だった。

翌日、連れと飲んだ。

彼は「生駒はやっぱりええ。ホッとするというか、心が洗われる」と宣う。

ふうん、そんなものかね。

そういえば、私も縁のある聖天さんを祀る宝山寺には、

しばらく行けてないもんなぁ。

こりゃ、「顔見せぇや」ということなのかしれん。

霊山だけに、怒らせんうちに行っとこ。

ということで、実家から近い生駒山に向かった。

いきなり生駒山といわれても、「はぁ」という向きもあろう。

説明すると、大阪府東と奈良県西に位置する641メートルの山である。

 

この何の変哲もない山が、実に奥深いのだ。

仏教学者の中沢新一が『ブッダの方舟』の中で話しているのを引用する。

「たとえば生駒山などに行くと、全く変な人がいっぱいいる。(中略)もう開け尽くしたように見えるけれども、不気味なんですよ」

SF作家・夢枕獏との対談でも、現われるぐらいの聖地というわけです。

実は、「生駒はいい」と話した連れは、生駒山で滝行をやっておる。

ここはもと行場として、修験道の霊山として知られていた。それが、宝山寺で商売や愛欲をつかさどる聖天さんが、江戸庶民の人気を博し、色街が形成される。かと思えば、太平洋戦争前に、大阪寄りの登山道は在日韓国人らのお寺ができて、アジールみたいになっている(今はかなり寂れているようだが…)。まさに、玉石混淆で、中沢氏がのたもうたように、「不気味」なのである。

まあ、初心者には近鉄・生駒駅からの入山を勧める。

ここなら、子供さんを連れても登っていける。

ホレ。

 

 

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破天荒なケーブルで、鳥居前駅を出発すると、すぐに宝山寺駅に到着する。いやぁ、何度も来たなこの感じ。参道の両脇には、純和風旅館がある。

 

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ただ、いつもながらひなびた雰囲気。人が泊まっている気配はない。そら、遊郭だもん。呼べば、おねぇちゃんが来てくれると、HPなどには書かれていたが、そんなことは過去の話じゃないのであろうか。麓から呼ぶにしても、こんな山の中まで、何時間かかるんだろうか? 

でも、目を移せば、少ないながらオシャレな飲食店もあるやんか。

なになに、絶景を眺めながら、カレーなどのアジア料理が食べられるのか。ちょっと近代化してきたな。と思っていると、ひげを伸ばし、ターバンを巻いたインド人とおぼしきおっちゃんが、「チョット、スミマセン」と、道を闊歩している。聖天さんは、象の頭を持つガネーシャ(ヒンドゥー教の神様)が起源だから、インド人がいるのかも。

ホント、よくわからん山だこと。

栄えてるのか、寂れているのか皆目見当のつかない。

勾配が急で、短い参道を登り切ると、両脇に凜とした杉と石灯籠が並ぶなだらかな石段に至る。いつも来る正月と違い、さすがに人はまばらだ。

とはいえ、それでも人が途絶えることはない。歩けば、汗が噴き出す8月の暑いさなか、ケーブルか車でしか来られない山岳寺院である。

こんなところにも、人は祈りを捧げに来る。さすが、功徳が強いとされる聖天さんの聖地である。

聖天さんと呼ばれるが、宝山寺のご本尊は、不動明王である。

ここは役の行者や空海も修行した霊山だが、江戸時代に湛海が、不動明王に導かれ、生駒山に入山。そのため、不動明王が本尊となった。

有名な聖天さんは、鎮守の神なのである。

だから、一番大きな本堂では不動明王が祀られている。

お盆ということもあり、ここで先祖供養を済ませ、隣の聖天堂へ。

現在工事中で、来年までかかるらしい。

それにしても、この屋根がなんとも魔境感を漂わせている。

 

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中に入ると、たまたま僧侶が定時の読経を行っていたので、

一緒に手を合わせた。

お堂にすがすがしい一陣の風が通った。

日差しは強いが、涼しさも感じる。もう秋の気配である。

何とも心地よい。

生駒山とのちぎりを確認し終えて、帰路につく。

石畳をつたい、宝山寺の駅前に『かき氷』との看板が目に入った。

かき氷を食べたいわけではなかったが、コーヒーぐらいは飲めるだろうと、

のれんをくぐった。

そして、目を見開いた!

窓の向こうには、絶景が広がっていた。

 

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下界と違い、雲がもう手に取れんばかりの近さに感じられるのだ。

いや~とかなんとか言って、客がいないので、特等席で足を伸ばした。

 

「そこは松坂慶子さんが座られたところなんですよ」

 

女将さんというか、店の奥様が教えてくれた。

 

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なんで、あの大女優が?

「あの『男はつらいよ』の映画を撮ったんです」

へぇ、寅さんはわざわざ生駒にまで、テキ屋をしに来ていたんだ。

でもいいところを選んだ。

山田洋次監督もイキなセンスをしておられる。

調べると、『男はつらいよ 浪速の恋の寅次郎』というタイトルであった。

1981年にシリーズ27作目の作品として撮られた。

実家で見ると、これがまたいい映画。こんな人情ものは、最近白々しすぎて、世に出ることがないもんね。

簡単に説明すると、フーテンの寅さんが、大阪に行き、そこで芸者の松坂慶子に知り合い、意気投合。最後は、ほろ苦い結末に終わるというお決まりの筋書きだ。でも、これは偉大なるマンネリズムやで。

不器用でいて、寂しがり屋で、でも見栄を張っちゃうっていう寅さんは、

昔どっかにいたおっさんなんだろうけど、

今や絶滅種やわなぁ。

寅さん役の渥美清は、68歳の若さで1996年に亡くなるが、

その実像は、役柄と正反対で、口数少なく、プライベートが公になることは、ほとんどなかったという。だからこそ、寅さんという永久不滅のキャラクターが、形も変わらず、今もなお日本で愛され続けている。

寅さんが松坂慶子と石段を登るシーンがある。

そこで寅さんが故郷を語る。

「俺の生まれたところにも、柴又って似たところがあるんだぜ…」

寅さんが産湯をつかった東京の葛飾帝釈天は、帝釈天を祀る。

聖天さんと同じく、天部の神様(仏教以外の神様が、のちに仏教に帰依した神様)を祀っている。

一度は詣ってみたいものである。

 

次の日は、両親のおじい、おばあの墓参り。

そのあとに、石切さんに行ってみた。

 

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正式には、石切劔箭(つるぎや)神社という。だが、大阪人は100%「いしきりさん」で言い習わす。

生駒山の大阪側の麓にある。

いまは新しい電車が通り、新石切という駅からすぐである。

「腫れ物」の神様として知られている。

実家が近く、いつかの正月におやじが足が痛いとわめきだし、

2人で石切さんにお参りに行ったことを思い出す。

それ以来だから、20年近くぶりである。

いきなり本殿の前でたまげた。

これがうわさの…。

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言葉には聞いていたが、「お百度を踏む」ということが、眼前で繰り広げられていたのだ。人はまばらだったが、先がすり減った2つのお百度石の周りを、信心深い方が、一心不乱に無限円環している。

わしもやらせていただこう。

社務所では、志納で白いこよりがもらえる。

回数を数えるためのもので、100本の糸が結んであり、1回廻るごとに、

それを1本ずつ折っていく。

やってみると、軽く宗教的陶酔に浸れる。

もちろん、そんな軽い気持ちで祈っていたのではないのだが。

1時間ぐらいかかった。

おそらく地元のかたは、毎朝という御仁もおられるのであろう。

でも、このラジオ体操の延長のような気軽さが、いいのであろう。

石切さんは、お百度で全国的に知られているのだという。

本来は、100日間地元の氏神さんに、願をかけるのがお百度参りの始まりだったらしい。それが時代とともに、簡略化され、この形に収まったという。

あまり神社には来ないので、知らなかったが、これは立派な宗教行事だ。

それもプリミティブな匂いのプンプンする。

国家神道の臭気が一切ない。

しんどいつらいで、測るものではないが、この疲労感を思うと、

神様が願いをかなえてくれる気がしないでもない。

実際、お寺の宗教行事というもので、身体的な苦労を強いられるのは、座禅ぐらいか。でも、世間のかたは、そんな時間を持つこと皆無なので、

勢い本堂や仏像の前で、ちょいと手を合わせて、スッと帰る。

手間がかからないという点ではいいのであろうが、

あまりにもお手軽すぎなくないか、という危惧もある。

お百度だと、下らぬ願いをしていると、

「あ~、こんなこと願っても仕方ないなぁ」

とか、自分を見つめ直す心も現われてくるだろう。

そこに、わずかながら自己省察が生まれるかもしれない。

解決法も自分で沸き上がって来るかもしれない。

そういう意味では、1時間もかかるお百度という宗教行為は、

絶対残しておかなければならない風景だ。

すがすがしい気持ちで、生駒駅に向かって、参道を歩いた。

いや、生駒の奥の深さは、ここで終わらないんだね。

細い参道は、宝山寺より長く、くねくねと続いている。

 

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わかりにくくて恐縮だが、

両脇をタロットだの、霊感だの、占いの館が固める。

平日の5時過ぎなので、ほとんどの店は閉まっていたが、

ときおり、店の奥に陣取る占い師の鋭い視線が、刺さってくる。

つまり、石切さんはお参りと占いがセットになっていて、

お百度で汗をかいた帰りは、占いで疲れを癒やしていくのではあるまいか。

20弱のお店があるということは、土日などは生計が立つぐらい人が来るのであろう。このなんとも言えないまがまがしさこそが、霊山たるゆえんである。

喫茶店に入ると、ご主人がコンサルらしき社員と商談していた。

 

「最近はロシアからも問い合わせが来るんですよ」

 

こんなところまで、ロシアの民が押し寄せるのか?

これこそ霊山が持つ引力。この山は寂れてなどいない。

新たな民を抱き込み、進化していくのだ。

おそるべし生駒山である。

 

宝山寺

 奈良県生駒市門前町1番1号

 近鉄・生駒駅からケーブルで宝山寺駅下車、徒歩10分

電話 0743-73-2006

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