憤怒の寺(2014年8月・京都府相楽郡・笠置寺)

怒っている。何が? 寺がである。
京都といっても、相楽郡笠置町は、すぐ南は奈良県、東は三重県である。笠置寺はそんな奥まった笠置山に位置する。そんな木津川のほとりに城郭のように立つ古刹が、怒っているのである。
 
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何やら穏やかならぬ張り紙だ。けんかの相手は、かの東大寺らしい。でもなぜに?
東大寺に二月堂があるのは、みなの知るところである。たいまつを持った僧侶が、火の粉を飛ばしながらバタバタ走り回るあれ。関西では、春の訪れを告げる「お水取り」の舞台として有名である。当コラムでも、それについては触れたことがある。
なぜ二月堂かというと、行事が二月に行われるからちゃう、というぐらいにしか考えていなかった。しかし、考えてみれば、二月があれば、一月があるのが道理である。この張り紙には、その欠落した一月がこのお堂だとある。正月堂だ。そして、今新事実が明かされる。
 
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「お水取り」の発祥の地はこの笠置寺である!
マジかいな! そんな話は聞いたことはない。でも、まんざら嘘ではなさそうである。通称「お水取り」といわれる法会は、十一面悔過といわれる。「お水取り」は752年以来、太平洋戦争で物資不足のときも中断されること行われてきた不退の行法である。二月堂が火事で焼けたときも、三月堂で行われるなど、決して絶やされることはなかった。初めて会得したのが、実忠という僧侶。ここ笠置寺で修行中に、観音様から授けられたという。
その「お水取り」がここ笠置寺で行われたことがあったという。
ほうそうかいな。それやったら、それでええやん。だが、そんな簡単に引き下がれる話ではなさそうである。お寺の関係者が、苦虫を潰しながら、ぼやく。
 
「お水取りは、ここから始まったんや。だから、ずっと続いていると言ってるけど、第1回が行われたのはここ。でも最近は、東大寺が2回目を1回にしてしてしまったんや」
 
つまり、天下の東大寺が、栄えある第1回が行われた笠置寺という目の上のたんこぶをしれっと抹殺したということだ。寺務所にある本を見ると、名刹と知られた笠置寺も、後醍醐天皇がこもった元弘の乱で戦火にまみれて以来は衰退。明治以降は無住の寺だったという。それが現住職の必死の働きで、ここまでこぎつけた。
そこに東大寺から、無情な刃が突きつけられた。額に大汗をかき、それこそ爪に火を灯して、がんばってきたのに、何とも無慈悲な仕打ち。そんなら、こっちにだって、考えがある! 緑陰に隠された古寺の怨念が、あの張り紙には込められている。
そもそも怒りが充満する寺である。少し触れたが、かの後醍醐天皇がこもったこともある。1331年のこと。幕府軍に攻められ、笠置山は陥落。後醍醐天皇は捕まり、壱岐に流された。たぐいまれなる野心の持ち主である帝は、忸怩たる思いで、笠置山を下ったことであろう。
ちなみに、笠置寺は、お水取りでなく、後醍醐天皇がこもった寺として有名だった。でもよくぞ、こんな岩だらけの山寺に、天皇が暮らしたものである。
 
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このお寺は修験道としても知られる。軟弱な帝ならば、すぐに音を上げてしまったであろう。
後醍醐天皇は、実に興味深い人物だ。天皇でありながら、言い方は悪いが、少し狂気の臭いがある。笠置山の戦いで敗れたが、その後建武の新政で頂点に立つ。それもつかの間で京を追い出され、吉野に下った帝は、復権をのぞみながら、非業の死をとげた。墓を建てるには異例の北向きを指示。吉野から見て、北が京都を指していたからである(天皇陵で唯一北を向く)。文観という僧侶を護持僧にした。彼が修するのは、真言密教の一派で今では邪宗とされる立川教である。性交により、即身成仏を目指すという教義もあり、当時の東寺から徹底弾圧された(当時のはやりだったという説もあるが)。そんな危険な教えを奉じた。はち切れんばかりの権力欲を内包した飢える貴人を満たすには、そんなアクの強い宗教でなければ物足りなかったのであろう。
笠置山には、ところどころに、穏やかな顔の仏が巨岩に彫られている。
 
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そして、木津川の流れは涼しげであり、泰然自若としている。
 
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だが、小生としては、この古寺には怒り続けてほしい。後醍醐以来、権力に弓引くものとして。
 
最後に小ネタを一つ。
後醍醐といえば、「ガンダーラ」という名曲で有名なゴダイゴというグループがある。リーダーのミッキー吉野はぶっ飛んだ感性の持ち主。後醍醐天皇が好きというパンクガイは、後醍醐は南朝があった吉野朝廷の主。吉野は自分の名前に通じると名前の由来を話した。バークリー音楽学院卒の鋭才は、ゴダイゴの英語表記にもこだわった。GODAIGOではなく、GODIEGO。つまり、生きて、死んで、また生きるという意味を込める。これぞ、まさに後醍醐天皇の生き様。「ガンダーラ」の名曲を産む頭脳が考えることはダテじゃない。
 
死んじゃいないが、笠置寺も復活するような気がする。負けるな、笠置寺!必ず、陽の目を浴びるときがくる!
 
笠置寺
 京都府相楽郡笠置町大字笠置小字笠置山29
 JR笠置から徒歩45分
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