しびれた~(2013年7月・広島市・多聞院)

第2の故郷、広島にやってきた。
広島の夏といえば、やはり…。
 
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何もなくなった地にかろうじて残ったものが、静かにメッセージを発し続けています。参院選の選挙演説も、みんなこの前でやったら、各々の主張が鮮明になっていいと思う。
 
ドームから少し南に行くと、東西3キロに渡り、平和大通りという道路がある。ランニングにはもってこいの道なのだが、その通りにそって、面白いものが並んでいるのは意外に知られていない。
 
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見ての通り、石灯籠である。全部で30以上はあるという。私もお寺で目にはするが、しっかり眺めることがない。だが、改めて見てみると、いろいろな趣向が凝らされていたことにうなった。
 
何でも、ここの灯籠は広島信金が、1970年代に平和のために寄贈されたとのこと。ただ日本製ではなく、当時安価な韓国の石を利用したという。いわば、日韓折衷の美ですな。
 
爆心地の近くに標高70メートルの比治山という小山がある。
今は、まんが図書館などがあり、市民の憩いの場となっている。
そこの麓にある多聞院という真言宗のお寺を訪ねた。
以前に、訪ねたお寺でもある。
 
ここのお寺も相当な被害を被った。
 
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今は整えられた甍で、夏の光を反射させている。
 
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あいさつをすると、「お念仏をこれからはじめるから、やっていかれたら」と勧められた。これは好都合。今度、高野山の宿坊でもお勤めをするので、それの予行演習でもと思ったのだが…。
 
堂内には5人ばかり。背の高い扇風機がときおり、涼風を運んでくる。先客は常連さんだろう。手慣れた手つきで、おけさをかけ、住職の読経に合わせて、朗々とお経を唱える。
 
暑さがぶっ飛んだ。こりゃ心地よい。
だが、30分も続くと、お経に集中できなくなる。
そう…足がしびれてくるのだ。
正座用におしりに敷く小型のいすをお借りしていたが、
それも一時しのぎというもの。
足を何度、組み替えても、一向にしびれは収まらない。
五木寛之さんの本で、座禅について「上にある意識を下の方に向ければ、足がしびれなくなる」と書かれていたが、意識どころか、全神経が足に集まっている感じだ。
雑念に悩まされることはなかったが、
ただ一念、しびれとの戦いで朝のお勤めが終わった。
 
ここの座禅は一風変わっていて、真言宗にもかかわらず、木魚を用いて、「南無阿弥陀仏」と唱えるのだ。それは、住職が師事した空外先生が「仏の教えに宗派は関係ない。ただ阿弥陀仏を念じるだけでいい」と言われたからで、浄土真宗のように、阿弥陀仏を唱えるのだ。
 
ポク、ポク、ポク…。
 
空外先生は、もともと哲学をされながら、原爆で教え子を失い、出家された浄土宗の僧侶。世界的にも有名な方で、サルトルらとも交友が深かったという。さらにその書は、空海級とされる。
 
そんな空外先生は「木魚ほどすばらしい楽器はない」と、
肌身離さず、海外にも携帯していたという。
 
ポク、ポク、ポク…。
 
いい響きだ。
 
ピリ、ピリ、ピリ…。
 
ただ、足もしびれる。
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