ボートと船と艦~品覚寺(広島)(2009年6月)

友人に競艇好きがいる。
好きといっても、ただの好きでなく、度を越えた好きである。
競艇場は全国で24場あるのだが、その全場で勝負したことはもちろん、今は全場でのペアボート(選手と一緒に乗るボート)の制覇をもくろんでいる。

それで、福岡から宮島に乗り込んできた。(しかも徳山競艇場経由で!)

ただ、私も「朝の10時に宮島は辛かろう」と丁重にお断りした。だが、そもそも競艇に引き込んだこともあり、少し良心もとがめた。
そういうわけで、今ペアボートではないが、舟に乗っている。

愛車をこいで、1時間弱。広島の中心地をさらに南下し、宇品港に着く。港はいい。非日常へいざなう旅情ってやつがプンプンしている。



向かうは、瀬戸内海に浮かぶ江田島だ。
船の旅といって、侮るなかれ。広島から直線距離で行くとすぐの島だが、陸路を自動車で行くと、呉経由で2時間弱かかる。チャリ+船なら、30分。環境にやさしく、時間短縮にもつながる旅程なのだ。

愛車を船の壁にもたれさせ、船室に入る。馬鹿にしていたが、これが意外にゴージャス。しかも、平日昼間となれば、人もまばら。セレブ感満載の30分だった。

切串という港に着く。うまい魚など買おうとしたが、アテが外れた。乗客は、車でトットと家に向かい、残されたのは、私と客にはぐれたタクシーの運ちゃんだけだった。
仕方ないか…とペダルに足をかけ、海岸線を西に向かう。



これぞ海だ。なんちゅー澄んどんねん。
魚は諦めたが、私にはもう一つの目的があった。

それが、コレだぁ!(福岡ドームのDJがよくいうフレーズ)



ん、ただのビニールハウス?
そう、ビニールハウスなのですが、
中に私の大好物がなっているのです。

それが、トマトなのじゃ!
最近、糖度の高いトマトとして、フルーツトマトがスーパーにも出回っている。広島に来て一番驚いたのは、その甘いトマト。
それがこの近辺で採れるというのだ。
(もっとも、市場で有名なのはさらに島の南にいった倉橋産のもの)

農家の方が不在だったので、そのトマトをほうばることはできなかったが、少し行ったところで、別の農家の方に尋ねてみた。

「わしらはきゅうりしか作りゃせんけぇ。トマトはあそこだけじゃ」

何でも、ここらで有名なのは、きゅうりだそうで、その通り過ぎてきた農家さんの以外は、ほとんどきゅうりとのこと。
しかも、そのきゅうりのほとんどは、広島県内に出荷されるそうだ。そうか、トマトは諦めるしかない…。

野菜の話かいな、と怒りなさんな。
そこから、心地よい海風を受け、ハムストリングスをツンツンいじめる坂道を超えながら、約1時間。このブログの本題・品覚寺に到着した。

これ「ほんかくじ」と読むらしい。境内から海を見ると絶景である。



16世紀に立てられたときは、真言宗だったが、今は親鸞さんの銅像が立つように、浄土真宗である。

お断りをしてから、本堂でお祈りをすませると、
品のよさそうなおばあさんが、「終わったら、上がってください」
と勧めてくれた。
ここは知る人ぞ知るのお寺なのである。

お寺の横にある母屋の二階にあがると、これまた絶景が広がる。
青い海に、牡蠣いかだと船が浮かぶ。



こんなところで、本でも書けたらさぞかし最高だろうな。
目を細めていると、コーヒーまで用意してくれた。

「これは、生徒さんが残していかれたものなんです」

目を向けると、書斎の棚には、古文書のような冊子が、何冊も並べられていた。
江田島にある海軍学校の生徒さんが、残されたもので、
今でもご遺族の方が、それを見に来られるのだという。
「忠国」とか、中には「無」と書かれたものもあった。
その字たるや質実剛健の気風。
ほとんどの方が、命を落としていったのだろう。

江田島はそういう島でもある。
1888年8月1日に、世界3大海軍学校として、この僻村に海軍兵学校が建設された。風光明媚な静かな地で、勉学にはよいとされたのである。
では、なぜ学校から遠いのに、生徒さんがこのお寺に来られたのか?

「明治37年(1904)に、吉野という船が沈没して、その供養をここで行ったんです」

後で調べると、吉野と春日は巡洋艦(戦艦と駆逐艦の間)で、日露戦争のとき濃霧の中、旅順沖で衝突したとある。
吉野には303人が乗船していたという。

「それが縁で、生徒さんがいろいろ書いていってくれるんですよ。中には、有名な方もいらっしゃったようで…」

軍人はよくわからいので、その方は知らなかった。

「海軍学校の最後の期は78期なんですが、その方らももう80ぐらいですかね。段々、訪れる方も少なくなってきています」



「あなたも何か書いていかれたら…」
「すみません。それはご遠慮させていただきます」

だって、そこにどんな言葉を綴ったらいいのか?
平和ボケした私なぞに、その冊子を汚す権利はない。

地名から津久茂寺と地元の人は呼ぶが、こんな書物が残されていることは、あまり知られていないらしい。

「広島市内はいいとこですか? 私はここが一番です」
と最後に話してくれた。

そうですとも。
ここは、勉学にも最良の土地だが、故人にとっても、最良の土地だと思う。

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