摩耶天上寺とインド人(2011年2月)

「ごめんなさい」

毎朝、駅に向かう歩道橋で見上げると思っていた。

神戸に引っ越して1年が過ぎた。
1分も歩けば海、仰ぎ見れば山と申し分ない環境。
だが、あのマンション群の中から顔をのぞかせる黒い山が
私の心をさいなむ。

その山とは摩耶山。
名前からしてゾクゾクする響きだ。
今でこそ六甲山牧場に続く、行楽地といった牧歌的な響きだが、
一昔前は、山伏たちが跳梁跋扈する修行の場であった。
当然のことお寺がある。

名前の通り、釈迦の母上の摩耶夫人を日本で唯一まつるという摩耶天上寺。インドの法道仙人という伝説のお坊さんが646年に開いたという。

そんないわく付きのお寺にまだお参りしていないのである。
そのために、毎朝、懺悔をしておった。
やっとそんな日々から解放される。
 
いつもの歩道橋を越え、王子動物園を過ぎ、さらに急坂を上る。
急に春めいたこともあり、セーターから汗がにじむ。
そして、「摩耶ケーブル下」という駅にたどり着いた。
往復1500円は、少し高いが寺まで登山する気力もなく、
夏目さんを2枚差し出した。



そこにヤツは立っていた。
発車直前の緑のケーブルの横で、ヤツは立っていた。

ずんぐりむっくりで、ちょびひげ。
スーパーマリオのような風貌で、一見してインド系。
じっとこちらを凝視している。
 
すぐ、合点がいった。
 
このケーブルは存続か廃止かと、たまにニュースになる。その経営合理化の一環。外国人の労働力を使って、少しでも赤字体質を好転させようという腹か。

だが、「発車します!」という声とともに、後方から本物の運転手が駆け込んできた。
ん、彼は運転手ではないのか?
こんな平日の昼間に何の目的でこのケーブルに乗り込んだのか? しかも1人で。怪しすぎる。
 
ロープウェーへの乗換駅で、日本語を話せず、戸惑っていたので助け船を出した。
聞けば、彼はインド生まれで、アメリカのインディアナポリスから来たIBMの会社員だという。休日を利用してケーブルに乗った。
しかも、私と同じ摩耶天上寺を目指していた。

ならばと、「拙者が案内いたそう」とガイドを引き受けた。
こうしてインド人との奇妙なお寺巡りが始まった。

ロープウェーの終点から、心許ない道路を5分弱歩くと、お寺につく。山門の木目が白く光っている。
そうそうこのお寺は、昭和50年台に放火のため、全焼したんだっけ。新しいはそのためだ。
インド人のクマルは珍しいのか、片っ端からiPhoneで写真を撮りまくる。そして、好奇心旺盛なので、私を質問攻めにする。

石碑を指さし、「これは何て書いてある?」と聞く。
そこには「神仏霊場兵庫第四番」とある。
特に意味はないのだが、こちらも一生懸命に誠意ある説明をする。

山門をくぐると、手水舎(ちょうずや)で手を清める作法も教えてあげた。
すると、彼は恭しそうに、私に習った。
そうか彼はインド人なんだ。
アバウトで半ば仏教文化に敬意を払わないアメリカ人(全員ではないですよ)とは違うというわけだ。
 
そもそも何でお寺に来ようと思ったの?

何で? ここは摩耶夫人を祀っているんだろ。ヒンズー教徒にとってもそれは興味深いところだ。
 
そうか、お釈迦さんはヒンズー教ではビシュヌ神の化身とされる。
だから、彼がお釈迦様のおかあを祀る由来を持つお寺を参拝することは何の違和感もない。
 
私はこの不思議な伴侶に徐々に馴染んでいった。
石段を上ると、左手に西洋風の小さなお堂があった。


 
のぞき込むと白亜の摩耶夫人像。
左手に立て看板。読んで納得であった。
 
これは神戸に多いインド人(印僑)の人たちが、火災にあったお寺のために寄贈したものだそうだ。

確かに神戸にはインド人が多い。
開国以来、神戸と横浜に多くのインド人が商売のため、来日した。
2008年の外務省の資料によると、インド国籍を持つ在日インド人の数は22335人というから、明治期以来永住した子孫を入れると、相当数のインド系がこの国にいるわけだ。
なんでも、06年に阪神タイガースの乗っ取りまで画策したあの「村上ファンド」の村上世彰氏のルーツはインド人なんだそうである。

「クマルの国の人たちが寄付したんやで」と教えてあげると大感激。おそらくヒンズー式であろうが、お堂の前で頭を地面にすりつけて、しばし祈りを捧げた。何か私もいいことをした気分だ。スノッピーだがうれしい。

話は飛ぶが、彼は菜食主義者だ。
そして vegan といった。
これは超菜食主義というか、肉を食べないことはおろか、
乳製品や蜂蜜など動物性のものは一切口にしないという。
だから、日本食は食べないという。
 
さて、本堂に到着した。
ここにも但し書きがある。
そこには、回廊づたいに本堂を一周すると、御利益があるというもの。また訳すのが難しい…。
 
Oh, blessing ね。

それよそれ。
彼と一周すると、彼は真顔で言う。
 
妻と家族のために、もう一周する。
 
えらいヤツだと思った。
私も「こりゃ見習わないと」と妻のためにもう一周した。
 
彼の『祈り』の間、私は本業のお寺参りにいそしむことにした。
全焼したということもあり、堂内の仏像は当然新しい。
しかし、これが現代芸術ビックリのアートとなっている。

赤肌の愛染明王の後ろでは、極彩色の7体の観音様が立っておられる。愛知の岡崎で彩色された運慶像を見たときは、少し「バカヤロー」と思ったが、ここまでくると、芸術だ。いつも古色蒼然たるお仏さんを見慣れているので、この荘厳な光景には圧倒された。どうだろう。フィリピンのネグロス島でみたパンクな「怒るキリスト」の絵画を越える迫力があった。

黄色い袈裟を着た若いお坊さんに尋ねる。
 
「確かに6体はあるんですけど、7体は珍しいんですよ。
また、これは京都の著名な仏師さんが若いときに作られたらしいですよ」
 
そうであろう。これはなかなかの仕事だ。こんな間近でこんなすばらしい仏さんに会えるなら、もっと早く来るべきであった。
重ね重ね、すんません…。

さて、行を終えたクマル(何人、家族おるねん?)が帰ってきた。
再び、ともに祈り、帰ろうとすると、仏の前のブツをにらみつけている。
 
これは何ですか?
 
お守りやわ。いろんなご利益があるんやわ。

これは? それは交通安全。
 
これは? それは金運。
 
これは? 彼の質問は永遠に続きそうだった。

そして、驚くべきは、質問のたびに彼はそのお守りを手にしていく。

まさか?
その通りである。彼は隅から隅までお守りを買い倒す算段だ。

そして、受付に行くと、若いお坊さんも目を見開いた。
計算すると、1万5000円もある。
 
「こんなに買った人は初めてです」

私も初めて見た。
「この値段やったら、もう一個、iPhoneが買える」と言うと、彼は目尻を下げて笑った。
そして、お守りの一つ一つの袋にその御利益を書いて、最後に絵馬を奉納。我々は天上寺を後にした。



帰りのケーブルの中では、彼の大人買いのおかげで手に入れた節分の豆をほおばった。そして、彼は後部座席に座る老夫婦にも分けてあげた。そう、彼はいいヤツなのである。
そして、彼の故郷であるインディアナポリスの写真をiPhoneで見せてもらった。
家を見て、またビックリ!
 
「プールがあるやんけ!」
 
「それなら金運お守りいらんやんけ!」

彼がまた大声で笑った。
憎めない男である。

クマルは次の朝の便で、「恐ろしく寒い」というインディアナポリスに帰る。

この小旅行が彼にとり実り多いものであったことを祈る。
 
インド人とインド由来の摩耶天上寺に参拝。

何とも不思議な縁であった。

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