天台修験をめぐる地獄・第二章(伊崎寺)

なぜか仏友は積極的である。先へ行こうとのたまう。
あんな地獄に遭ったばかりなのに。
 
でもまぁ確かに、車という「飛び道具」を有効利用しない手もない。
特に我々にとっては極めて珍しいツールなのだからな。
ということで、次なる天台修験の聖地、伊崎寺に向かった。
 
伊崎寺は、一言でいえば、面倒臭いところにある。そう、面倒くさいのだ。
だって、明王院と無動寺は、比叡山側にあって何となく「続いている」感じがするのに対し、伊崎寺は琵琶湖をはさんだ近江八幡側に位置する。ずいぶんと離れているのだ。
私はてっきり、聖地の3つは行者が千日回峰行のように連続して廻れる距離に存在しているのだとばかり思っていた。でも実際は、最初の2つは行けても、ここを廻るのは無理やんか。
 
「なんでやろな?」
 
2人で当然の疑問点をああだこうだと妄想を爆発させて思案しながら、琵琶湖大橋をさっそうと渡り、寺に到着したときには、さらに1時間が経過していた。
 
さて、伊崎寺だが、相応が最後の住処として選んだと言われている。
また疑問が出る。なんで、比叡山にいた人が、こっちに引っ越ししたんやろ?
付け加えるが、伊崎寺は駐車場からもさらに10分ぐらい歩く。そして、昼でも暗い。怖い。
 
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なにせ、「さき(先)」にあるのでね。
なぜ、「さき(先)」にあるのかって?
この写真を見れば、わかるでしょうよ。
 
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はい。お堂から突きだした棹。まさにきっさき。
なんと、ここから修験者が海に飛び込むのだ。
毎年8月1日に行われる行事で、「棹飛び」という。
 
「すげぇな。相応さんはとことん飛び込むんやな!」仏友が息を飲む。
 
そういえば、三ノ滝といい、相応は高所から身を投げ続ける。
まるで、自殺願望者のように…。止むにやまれぬ何かに突き動かされて。
 
我々は彼のことを「『飛び来み』の相応さん」と呼ぶことに決めた。
 
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「西洋にも、自分の体をむち打つキリスト教の苦行とか、イスラムの伝統ならアリーを称えて、やはり釘の付いたむちで自分をばしばし打つ祭りがあると聞くが、相応さんのは『クレイジー』を越えてると思うで。千日回峰かて、途中で辞めたら持ってる短刀で腹を切らないかんのやろ。彼は悟りを得るために、とことんまで飛び込みたい人なんや!」
 
熱を帯びながら仏友は続けた。そして、とんでも発想につなげた。
 
「おい、これで売り出せるかもしれんで!?営業マンの聖地として!『飛び込み』はお任せ!みたいにして、『飛び込み』聖人にするってのはどうやろか。この不景気の時代に、『彼が飛び込む先では必ず成約あり!』みたいなすげえ功徳が待っておるのだ!!お寺は観光客が押し寄せる感じではないやろうけど、相応さんをキャッチーに売り出せば、もっと人も来て、相応ファンも生まれるんちゃうやろか!?俺らの相応さんの!!」
 
何と迷惑な勝手連なのか。
また、われわれの勝手なおせっかい妄想が広がった。申し訳ありません。
 
思えば、ちょうど前にも似たようなことがあった。
姫路・円教寺で、鬼神を使役するという開祖・性空さんに出会ったのだ。
その何とも、世捨て人的なニヒルな肖像画をみて、これは「面白い!」と思ってしまった我々はすぐに老師のファンになった。そして勝手なおせっかい妄想が始まった。
 
空海のように、キャラクター化して、Tシャツとかつくれまいか…。
MONKもそろそろ通販サイト作らなあかんのちゃうか…。
 
今回も、そんな悪癖が頭をもたげているうちに寺に着いた。
 
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堂内には、珍しく数人があぐらをかいていた。
雑談の内容から察すると、われわれのような酔狂な輩ではなく、地元の檀家さんで正月の打ち合わせをしているようであった。おつかれさまです。
 
お参りをしてから話を聞こうと、寺務所に足を運んだ。
ベルを鳴らすと、せかせかと兄ちゃん坊さんが来てくれた。
我々はストレートに疑問をぶつけた。
 
「なんで、相応さんはここだったんでしょうかね?」
「う~ん、それは言い伝えであって、実のところはわからないんですよ…。」
「ただ比叡山とのつながりでいえば、昔の参道を行ってもらうと少し分かると思うんです。
「昔の参道って?」
 
寺務所を出ると、来た道とは別の方向に石段があり、それは湖に続いていた。
これはこれは。さっそく二人で降りた。
 
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ま、まさか…。そう、昔の参道は湖からだったのである!!
ここはもともと、湖から参拝するお寺だったのだ!!
 
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棹にもその名残があるという。
先のお坊さんが教えてくれた。
 
「村人が食料などを船で運んできて、僧侶が棹に結んで、引き揚げていたという話もあるんですよ。」
 
なるほど、相応和尚の自殺(もとい、飛び込み)装置は、命綱にも使われていたというわけか。
でも、朽ちた桟橋にたたずみ、かすむ琵琶湖を見ていると、不思議な感覚に襲われた。
これは寺から眺めた感想。では、船で寺に向かう村人は…。
 
比叡山から小舟を漕いで眼前に広がるのは、崖の上にそびえるお堂。
村人には、この寺の方が「あの世」と映ったに違いない。
ならば、湖に飛び込み、一命を取り留めた相応さんが、目にした極楽、それが伊崎の地であったのではないか、と…。
 
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余生を送るに、最適の地を彼は見つけたのかも知れぬ。
ポエムにしばらく浸ったが、寺のパンフレットをみて、またまた疑問が湧いてくる。
 
「ここには行者の人がたくさん載っていますけど、こんなに千日回峰行をしている行者さんっているんですか?」
 
坊さんの次の答えが、衝撃として二人を襲った。
 
「いやいや、『百日』の人もいるんですよ。
 
な、な、なんてやてぇ!!? 
千日ではなく、百日と言うたか、あんた!?
そんな簡易版(…失礼この上ないな)の回峰行があったとは初耳なり!
これは帰りの車中で大いに争論のネタとなった。
 
「千日はむろん知ってるけど、百日なんて聞いたことなかったわ!」
 
「やっぱり、百日の修験者は、自分からは堂々と言えない引け目を感じてたりするんとちゃうやろか。関西で『京大』やったら自分から言うけど、『阪大』やったらちと言えんみたいな?」
 
「多分、千日は放っておいてもメディアに取り上げられるけど、百日の場合は伊崎寺のお坊さんが言うように、結構いてはって、自分から率先して言えへんから、『百日の会』みたいな親睦組織ができあがっとるのちゃうか?」「それで、『どうせあいつは千日やで』みたいな憂さ晴らし的な会話を祇園あたりでしてんのやろか?」
 
「でも、百日と千日の内容はそんなに違うのやろか?(いやいや、単純計算でも10倍ちゃうがな!)例えば、千日で行く前に苦しうなってもうて、『わし百日にしとくわぁ』みたいな、途中棄権みたいなセーフティーネットの機能を果たしてるのやろか?え、そもそも、『千日』言うといてあかん思うたら『やっぱ百日で』みたいな変更って許されてんのか?」
 
「いやいや、それやと逆に、『(百日は意外とクリアできるから)やっぱ自分、千日いっときますわ!』とか後だしじゃんけんみたいでちょっと格好悪いから、もともと別もんちゃうやろか?」
 
「『千日』の方々とは接点まずなさそうやけど、『百日』組とやったら接触できるかもしれんな。人数が結構いてはるのやったら、まじでインタビューしてみたいわ。比叡山で聞いたら、『あの人は『百日』ですよ』とか教えてくれんやろか…」
 
なんの話か分からないまま、修験の2大聖地をクリアした我々は、修験者が聞いたら呆れるようなどうでもよいことにたくましく妄想をふくらましたのであった。帰宅して調べたら、千日回峰行は主に百日回峰行を達成した者の中から「これは」と思われる行者を師匠が選び促すという選抜の方法が書いてあった。なるほど、納得であります。
 
最後の目的地である無動寺を前に、琵琶湖の穏やかな風に吹かれながら、我々はその日を閉じたのであった。
 
そして本当の地獄は翌日にやってくるのである。(いつものことやけど。)
 
 
伊崎寺
 近江八幡市白王町1391
 JR近江八幡から近江鉄道湖国バス・堀切港下車徒歩15分
 ☎0748-32-7828

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