天台修験をめぐる地獄・序章(葛川明王院)

113系という国鉄時代からある車両に揺られて、京都から琵琶湖を目指す。
深緑の田舎車両だが、なかなか味わいのある列車だと思っている。
ただ、絶滅危惧種ではある。
 
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新幹線や東海道本線で琵琶湖の東側はよく通るだろうが、この湖西線が走る西側を通る人は多くはないだろう。
 
しかも大晦日の1日前。
そう、仏友・円瓢との精進落としになっている恒例の地獄巡りのときがやってきたのだ。
 
「吉兆やで!」
 
車窓を見ると、トンネルを抜けた比叡山の麓にぶっとい虹がかかっていた。しかも二重の。
だが、これが地獄へ至る道での最後のハピネスであったことを、我々は知るよしもなかった。
 
小雨の中で堅田駅を降りる。予想通りバスは2時間後となっていた。いつものことだ。
 
人のよさそうな観光協会の女性に聞くと、「バスは日に3本ほどありますけど、あってもお兄さん達の行きはるお寺までやと、途中までしか行かへんねぇ」とのこと。「レンタカーしか無理やろねぇ…」と微笑む彼女の表情には、若干の「まさか歩くなんて言わんといてや…(遭難は勘弁やで)」というメッセージが読み取れる。
 
車に乗って(つまり楽して)寺を廻るのは、我々の本意ではない。
何と言ってもこの旅は別名「納め『地獄』」なのだから。苦しくなければいけないのだ。
 
だが、これも仕方あるまい。縁である。
年の瀬だからかいまいちやる気のないあんちゃんに応対してもらって、トヨタレンタカーで白い車を借りた。新車の匂いがした。
 
向かうは、比良山系の山を西に越えた山麓にある葛川(かつらがわ)明王院。
天台修験の三大聖地の1つである。
 
「スパイクタイヤとかいらないですよね?」
 
店員に確認して発車したが、ウィンドウ越しにどんよりした雲が広がっている。
嫌な予感がした。
 
30分も走ると、粉雪が舞い、側道には残雪が光る。
だが、今さら後悔しても遅い。
 
道中にある、還来神社に向かった。
これを「もどろき」と呼ぶ。
ぐねぐね道の途中にあり、気が付いたら幾分か過ぎてしまっていた。
Uターンするところがなく、しばらく走ってから戻ってきた。
早速、この神社の功徳が発揮された訳である。
 
は?
だって、戻ってきたでしょ。
 
ここの神社の祭神は、藤原旅子さんという。
彼女はここで生まれて、宮仕えをした。
皇子を産んだのだが、病にかかり、「故郷に帰りたい」と遺言し、
この神社にある大木のもとに、葬られたという。
 
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それで「必ず戻って来られる」という功徳があると信仰を集めたのだという。
われわれも戻ってきましたよ!
 
「…地獄から戻ってくる前に、大事なお願いを使うてもうたな。」
 
仏友がブラックなことをいう。
 
村の守り神といった風情の古社に、人は誰もいない。
だが、太平洋戦争のときは、「故郷に戻ってくる」という願をかけに、全国からも参拝があったという。
 
「全国からここまで来るってことは、結構願いが叶えられたのかもなぁ。」
 
私がそう言うと、仏友も同意して続けた。
 
「そうやろな。でも、旅子さんと同じかもな。つまり、『生きて戻れる』という保証はないわけやから。『骨』の状態でも、戻るは戻るや。それを良しとするか、どうか。」
 
つまり、死して戻れる、故郷の土を踏める、ということか。
悪い予感しかしないわ…。
 
お参りを済ませ、犬に吠えられながら山麓の道をドライブする。
小雨に混じり、粉雪が舞っている。
途中を過ぎた。
 
いや、間違いじゃありません。
正真正銘、「途中」という場所なのである。
 
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なんでも、比叡山を7年かけて縦走する天台宗の荒行、千日回峰行を完成させたと言われる相応和尚(そうおうかしょう)が、その行の基点となる比叡山の無動寺と、我々が向かっている明王院とを結ぶ道の中間に至ったときこう言ったそうな。
 
「ここは途中じゃ!」
 
…それで「途中」ということになったらしい。いや、そうなんだけども。
えらい安易ではあるが、えらい人の言葉だから、村人も逆らえんかったんやろなぁ。
そんなことを思っていると、バス停にも「途中」駅がある。
 
これはちょいとややこしいと思う。
 
「いまどの辺りや?」
「途中やな」
「いや、それは知っとるがな。やなくて、場所聞いてんねんけど?」
「だから『途中』やて! そういう名前なんや!」
 
…そんな会話が過去に何千回と繰り返されてきたのであろう。
そして、これからもまた永遠に…。
 
補足すると、相応さんは、天台宗を開いた最澄の弟子の円仁の弟子に当たる。
伝説的な要素の強い人とされるが、大峰山系で修行を積んでから比叡山に入った。
僧侶というより、修験者の匂いが強い。
 
堅田駅を出てからかれこれ、車で約1時間ほどで明王院に到着した。
前方の山は真っ白である。
 
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えらいことになっとるわ…。いつものことやけど。
来てしまったのだから。もう後戻りはできない。
 
大丈夫。われわれには、還来さんがついておる!
きっと戻れるで!(骨の状態で、かも知れないが。)
 
目的地の明王院は、先ほど説明したように天台修験の聖地の1つである。
相応和尚が創設した。だから、ときに修験者も訪れるのだろう。
あいにくこの日はそんな幸運には恵まれずだったが…。
 
雪が舞い散る中、人気のないお寺の境内に入っていく。
 
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堂内がこれまた特異な配置になっておる。
木造の階段を昇り、本堂に入ると、がらんどうの空間が広がる。
まず、仏像をまつる厨子が見当たらない。なんと、左手に配されているのである。
普通に考えれば、正面であろうに。
それを説明してくれる方は当然おらず、仕方なく厨子の前に端座する我々。
 
「ん!?」
 
そこにはなんと、DVDが!!
 
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「気が利くやん!」
 
だが…。早速スタートボタンを押すが、うんともすんとも反応しない。
そりゃそうだろう。まず、コードの先のコンセントがささっていない。
周りを見渡したが、どこにも電源が見当たらない。眼前には格子状になった木組みの結界。
厨子の中には、秘仏が安置されているのだろう。
靴を脱いだ足の裏からは、ものすごい冷気が伝わってくる。
 
ここは、観光のためにある寺ではないのだ。観光客にかける情けは最小限なのだ。
聖地なのである。信仰のための寺なのだ。合点がいった。
DVDの丁寧な説明など不要なのだ!!
 
ブルース・リーの言葉を拝借すれば、「Don't think, Feel!」ってところか。
 
それにしても、静寂と雪はよく合う。
ただ、夏にはこの人里離れたお堂に、観光客が殺到するという。
板張りの本堂で毎年7月18日に奇祭が行われるのだ。
暗闇のお堂に修験者が集まり、回峰初年度の修験者が氏子が廻す太鼓の上に立ち上がり、勢いよく飛び降りる。
 
「太鼓廻し」という。
 
なんじゃそれ?と思ったあなたは正しい。私も同じ感想を持った。
 
HPなどの説明をもとに、想像力を働かせてみる。
まずは暗闇で行う行事だということ。
目測を誤り、大けがをする修験者もいるという。
これは、相応和尚が、不動明王を滝つぼの中に感得し、それをつかもうと飛び込んだ伝説を再現したものといわれている。
 
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太鼓なぁ…。もっと滝っぽい舞台装置はあると思うんやけど…。
いやはや、昔の人の想像力たるや恐れ入る。
 
比叡山にある無動寺の奥の院とされるだけのことはあり、秘境感は味わえた。
さて、この吹雪の中、次はどうするかな…。
 
「せっかくやから、滝も見にいこうや!」 
不敵に笑いながら仏友が提案してきた。
地獄に道連れは必要だ。
 
即決即断。本堂脇からなだらかな坂道が続く。積雪を踏みしめて歩き始める。
 
この先に、相応和尚が不動明王を感得した「三ノ滝」というものがあるのだ。
まぁ、寺守さんも「歩きで30分ぐらいで行けるかな」と普通に話していたので、大丈夫だろう。
 
ところが、不穏な看板がわれわれの前に立ちふさがった。
山道の地図…なのだが、ちと様子が異なる。
どうやら、危険な場所を示している様子なのだが…。
そのアイコンが、天使の昇天マークになっている。…なにその演出…。
 
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不謹慎とも思ったが、「思っている以上に危険やで、きみら!」ということを地元の方は知らしめたかったのだろう。了解した。むしろ燃えるではないか。
 
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45歳とはいえ、ここで挫折しては来年の福が逃げてしまうではないか。
心を鬼に託し、雪山に突き進んだ。が、やはり甘かった…。
徒歩で山道に入りざくざく昇るが、途中で車止めに出会う。
 
そりゃそうだ。しばらく進んで納得したわ。
倒木やらで、道がふさがれている。これでは車は通れない。
 
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落石もあるんだろう。山壁には巨大なネットが張られている。
しかも、進む度に道の積雪はその暑さを増してくる。
こちらはスニーカー。すぐに水が染みてくる。
仏友はトレッキングシューズであったが。
 
年末なのに雪中行軍。しかも、前に続くはイノシシやウサギの足跡のみ。
これぞ「納め地獄」の真骨頂ぞ!行き交う人はなく、看板すらない。
我々2人の会話は、「この道でええのやろうか?」という確認のみである。
しばらく行くと、木造の休憩所が見えた。
 
「一息つけるで!」
 
が、またしても甘かった。
そんなことを思うのは、我々凡人の発想であることをすぐ思い知らされた。
のぞくと、なんと砂利が敷かれていて、護摩堂とあった。
修験者が、ここで護摩を焚く聖なる場所なのだ。
ちょっと一服する場所ではない。
ええ。ええ。知ってましたとも。
 
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しかし、こんな山中で煙など上がっていたならば、「山火事や!」として、通報されるのは必定だろうと思うのだが、そんなの意に介さない雰囲気が漂うこのお堂。
 
恐るべし、天台修験…。常識なんて、クソ食らえや!
 
下で言われた「30分」というのは、ポカポカ陽気の春のときの目安であって、雪道で歯を食いしばって歩いている季節の所要時間ではないのだろうな、恐らく。またも時すでに遅し。
 
直感だけを頼りに、滝の看板まで小1時間もかかった。
そして看板が指し示すのは、がけの下。…ちょっと待てや。
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雪道の次は、登山道とあいなった。
ほぼ垂直に階段を下り、最後は鎖を握りしめつつ、ようやく轟音のもとにたどり着いた。
 
「滝やでぇ!」
 
すさまじかった。
爆音とはこのこと。
大量の雪解け水が、一筋になり、一挙に滝壺に流れ込む。
 
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重低音が途切れなく、耳をつんざく。どどどどどどどっど。宮沢賢治か!?
つっこみ、しばし驚き、のちに我にかえり恐怖した。
 
「相応和尚は、この滝壺に『お不動さんや!』って飛び込んだんよなぁ、確か。」
「どう考えても自殺やんけ、この飛び込み…。」
 
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仏友の補足が入る。
 
千日回峰行の創始者だけのことはある。もう荒行の域を超えてしまっている。
生きるか、死ぬか。そのギリギリの線に彼は悟りの境地を求めているのだ。
 
こと「修行」と言えば、真言宗の空海が有名なため、天台の修行は巷であまり知られていないが、天台だって負けてはいない。
いや、或いは真言よりも上を行っているのかもしれない。
 
新たな地獄に触れ、靴の中はじゅくじゅくで不快だったが、充実感のうちに帰路についた。
 
運がいいのか、悪いのか? 
我々が麓の車に戻ってきたときには、雪は止んでいた。あんなに降っていたのに!
さて、ならば、どうするか?
 
 
「よっしゃ、次の聖地も行っとこか!!」
 
葛川明王院
 大津市葛川坊村町155
  JR湖西線・堅田から江若バス・坊村下車徒歩4分
 ☎077-599-2372
 

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