半田の朝~ミツカンさん

元旦、せっかくだからと、一夜を過ごした半田の町を闊歩した。

一見、何もない田舎町だ。
だが、ここにはお酢で有名なミツカンの本社がある。
さらに、道路は三車線。トイレに入ろうとした病院は、近代的な雰囲気がある(営業しておらず、暖を取るもくろみは外れたが…)。

 

「何かおかしくないか…?」

 

知多半島にある田舎町が、ことのほか近代化されている。う~ん、確かに言われてみれば、洗練されているのだ。道路もやたらと綺麗で大きい。人通りは全くなく、使われる気配はないのだが…。

 

「…これはミツカンがからんどるのとちゃうか?」

 

mitsukan 150101

 

ほら来た!また来た!!仏友・円瓢が、ただならぬ臭いをかぎつけたようだ。

 

「つまりや。本社とはいえ、普通こんな世の中だから、東京にあるはずやで。でもかたくなにこの会社は、ここを本拠としておる。そこに意味があるんとちゃうか。だから、『本社行かしたるで(大阪弁ではなかろうが)!』は、左遷の隠語ちゃうんか、ミツカンにおいては!!」

 

我が問う、「ほな、なんで左遷(いや、これも妄想ですけど)の町の機能がしっかり整ってるんや?」

 

「東京から半田は、さすがに『かわいそう』、と思ったんちゃうか。なまじ、ミツカンだけに資本力はある。ただ島流しするだけやと、後に不満分子になっても困るので、町ぐらいは不自由のないように立派にしましょうということやで、これは!!」

 

えぇぇえ~?そうなんか?

でも、場違いなほど、近代的な本社ビルを見上げて、納得した。
ミツカンぞ、おそるべし…。(注意: 我らの妄想です。)

 

寒さしのぎに、2人でかような妄想をふくらましていたのだが、観光地でもない半田の元日とあり、休憩する場所すらない。しかたなく、チェックアウトしたホテルに引き返した。そこで、パソコンを開けて、驚愕した。

 

半田にはやはり秘密があったのである。仏友の嗅覚はある意味正しかったのだ!
だが、ミツカンの陰謀都市ではなかったけどな!

 

さてさて、ここからが余談に入る。半田は江戸時代から酒作りのまちとして栄えた。海があり、江戸や上方への便がいいということで重宝されたが、ときを経て、灘の酒に押されるようになった。そこで半田の旦那衆は危機感を募らせた。そこで「酒粕を利用できないか?」ということになり、それが、お酢につながったのである。これにより、江戸で寿司ブームが起こったのだという。へぇ~という話である。

 

そして本題はここから。

 

話は戦時中までさかのぼる。何と、この牧歌的な地方都市は、1942年から、飛行機を製造する工場があり、かつては中島飛行機半田製作所がある軍都であったのだ!郷土出版社の『知多半島の歴史』に詳しい。1943年からは、「天山」「彩雲」という軍用機を製造していた。月産100機という時期もあったという。

 

ちなみに、当時の東海地方は零戦をはじめ、日本の軍用機の6割以上を生産していたときもあった。2013年にジブリ映画として公開された「風立ちぬ」という零戦制作者の話にも、名古屋が舞台になっているのは、記憶に新しい。トヨタ自動車など、もの作りの東海の原点は、過去の暗い歴史に裏打ちされていたともいえる。半田製作所だけでも、2万6000人が仕事に従事していたというから、当時の繁栄ぶりがうかがえる。

 

一方で、悲惨な話もある。先日、地元の中日新聞にこんな記事がった。飛行機製造といっても、資源国ではない日本はすぐに物資不足に陥った。そこで出されたのが、金属供出令なるもの(ちなみに罰当たりなことに、当時は金銅仏まで強制供出された)。身近な金属を軍部が、お国のために徴収していくというもの。工場の建物さえも例外ではなかった。武器をつくるため、鉄柱までが抜き取られたという。そこで起こったのが、1944年の東南海地震。もろくなった建物はひとたまりもなく、工場従事者の何人かが、がれきの犠牲になったという。「人災」と、投稿者は記していた。

 

そんな負の歴史を経て、今にいたっているのである、半田という都市は。ただ、そこで思うのだ。いまさら、それを覆い隠しても仕方ないじゃない。ここでお酢のほかに、飛行機も作っていましたと、なぜ言わぬ。付け加えると、軍需工場がしこたま集積していたから、米軍機に重点爆撃されたため、地震に劣らない死傷者も出た。

 

意図はよこしまかも知れぬが、最近の新聞では1945年3月10日の東京大空襲の記憶をたどる特集が組まれていた。半田もそうであっても良いではないか。新美南吉の児童文学「ごんぎつね」のテーマ館もよい。でも、もっと生々しい半田のまちを象徴する歴史を訴えてもいいのではないか。ちなみに、ごんぎつねは、半田市から2011年に特別住民票が送られた、というほほえましい話もあるが…。

 

隠すから、ミツカン陰謀説など、荒唐無稽なストーリーが出てくる。まあ、それは冗談ではあるが…。

 

2009年に亡くなった希代のロックンローラー・忌野清志郎もジョン・レノンの名曲「イマジン」を歌う前に、こう問いかけている。

 

「ジョン・レノンが生きてたら、どう思うんだろうね。この状況を。全然、世界は平和になんないじゃないか。戦争がずっと続いてる。21世紀になったのに、21世紀になったら、世界が平和になると思ったのに。ますますひどくなっている…」

 

それから、少しばかりときが経った。戦争の悲惨さは隠して、安倍政権も戦争をおっぱじめようとせんばかり。清志郞は、東日本大震災の原発災害が起こる前から、覆面バンド「タイマーズ」を率いて、「東電に入ろう(倒電に廃炉)」なんて、スパーパンクな歌をシャウトしていた。余談だが、TVで「タイマ(大麻)が大好き」と歌ってた。曲を放送禁止にした当時のFM東京を「腐ったラジオ~」ともやっていた。

 

だから、隠されているものや、蓋をしようとしているものに注意しろ! 半田のまちよ、もうすっかり誰も歌わないディズニー映画「アナと雪の女王」の主題曲「Let it go」風に言うと、ありの~ままを~さらけ出そうゾ。

 

少し義憤に駆られました。

 

そんなこんなで迎えた半田の夜と朝。我々MONK衆にとっては、この上ない「納めMONK」のひと時だったのです。

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