ここでは、鳥取県は倉吉市の集仏庵よりこちらの世界に来た「がれき光背仏」であるわし、通称「笑い仏(ぼとけ)」が、旅先から日々の思いをつづるブログじゃ。わしについての概要は、こちらのページからご覧いただければ幸いじゃ。

 

圓教寺⑫~書写の山へ~

性空殿が九州からなぜ、姫路に来たかじゃと?
それは文殊殿の仕業らしいぞ。

なんでも修行中に、頭上を紫雲が覆ったらしいんじゃ。
その雲は性空殿を招くように、進んでいく。
紫雲についていくと、どんどん西へ、西へ。
そしてたどりついたのが、姫路の書写山だったんじゃな。

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圓教寺⑪~不思議なお供~

また性空殿の話である。

九州の霧島山で修行を行ったあと、今度は背振山へ移った。
そこで法華経を暗じていると、それを聞きつけ、乙天と若天が現れた。
かれらはそれぞれ、不動明王と毘沙門天の化身ともいわれる。
乙天と若天は、終生性空殿につかえ、身の回りの世話をしたという。

修行熱心な主人のため、彼らは陰に日なたに働いてきたのであろう。
奥の院にある開山堂の隣に、凛とした2つの社がある。
これこそが乙天と若天を祀る神社である。

性空殿は、諸天にも守られ、自らの修行を完成させたのじゃ。

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圓教寺⑩~え、九州なん?~

性空という御仁はどこまでも修業熱心だったそうじゃ。
はじめ比叡山で勉学を続けたのだが、堕落していた当時の山内の雰囲気に嫌気がさし、
九州の修験道のメッカ・霧島山に身を寄せた。

彼はどこまでも修業の道を究めたかったんじゃろうな。
わしもその気持ちはわかるわい。
俗世と関係を断ち切ると、いろいろと神経も研ぎ澄まされてくるからのう。

こんな話があったそうじゃ。

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圓教寺⑨~開祖のことなど~

きょうはこのお寺を開いた性空殿のことを紹介しようと思う。
空海ら超有名な僧侶に比べると、巷間には知られていないのだが、なかなか面白い御仁である。

910年に生まれられたのじゃが、わしと同じく誕生のときも吉兆があったそうじゃ。
京都の生まれで、家は名門・橘家という。
ただ母君が何度も流産されているかたで、性空殿を身ごもったときも、
「子がかわいそうじゃ」と毒を飲んだのじゃそうじゃ。
だが、何事もなかったかのように赤ちゃんが誕生。
さらに驚くことに、その小さな左手には釘が握られていたのだという。

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圓教寺⑧~ドラえもんの落し物~

たまには山内を歩いてみようと思う。
この時期は緑がすがすがしくて、森林浴には最適じゃ。
ただ山ということは心しておかねばな。
アップダウンが激しくて、いい運動になるわい。
車も最大傾斜角が25度ので、4WDでないと入れないらしい。
つまり、歩くと本当に心地よい汗をかくのじゃ。

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