ここでは、鳥取県は倉吉市の集仏庵よりこちらの世界に来た「がれき光背仏」であるわし、通称「笑い仏(ぼとけ)」が、旅先から日々の思いをつづるブログじゃ。わしについての概要は、こちらのページからご覧いただければ幸いじゃ。

 

元興寺⑭~節分の大賑わい~

いよいよお世話になった元興寺ともお別れじゃ。ホント、お寺の方にもよくしていただいた。ありがとうございました。
 
さて、最後に元興寺最大のイベントである2月3日の節分をこっそりのぞいてきたので、紹介したいと思う。
 
 pic 07 gangoji 24 walk in fire

元興寺⑬~阪神淡路大震災から18年~

今日は、我々もよく知る阪神淡路大震災からちょうど18年目の日に当たる。
わしもここ奈良から、祈りを捧げたい。
生きとし生けるものに、幸せと喜びが与えられますように。
生きとし生けるものから、災厄と不幸が取り去られますように。
 
わしは、東日本大震災の痛手からまだ復興しえぬ福島へ向けて、日本中の善意と祈りそして浄財を届けるミッションを持った身じゃ。今日という日にも、特別な思いを感じておる。
 
どうか、この寒い日に、皆さんの心に暖かさが感じられるように。合掌。

元興寺⑫~元興寺「小塔院」~

塔跡から西に行くと、今度は元興寺小塔院というところがある。
細い道にあるところで、うっかり通り過ぎてしまいそうなところじゃ。
小道を上っていくと、トタン屋根のお堂がある。掃除をされている男性がいろいろ教えてくれた。こここそが、むかしは元興寺のお坊さんの学校があったとこというのじゃ。
 
「このお堂には虚空蔵菩薩が納められていて、奈良時代の有名なお坊さんである護命僧正が、虚空蔵求聞持法を勉強されたところといわれています」
 
 pic 07 gangoji 23 small tower

元興寺⑪~昔、昔のお話じゃ…~

元興寺を出て、少し南に下ると、「元興寺塔跡」という場所があるんじゃ。
ん、ここも元興寺なのかのう?
 
結論から言えば、そういうことになるのじゃ。もともと元興寺は奈良時代では大寺中の大寺。東大寺、興福寺と肩を並べるぐらいの寺領を持っておった。興福寺などは藤原氏の加護があり、隆盛を保ったが、実質的な檀家を持たなかった元興寺は、その後に衰退の途をたどり、明治時代の廃仏毀釈のときに至っては、先のブログでも記したように、廃寺寸前までになったのじゃ。
 
「塔跡」とある。ほれ、ここの門をくぐった先に17個の礎石が残っておる。ここには五重塔があったのじゃ。しかもその高さは57メートルという。日本一の塔である東寺の五重塔が55メートル弱というから、残っていれば日本最高のはずじゃった。ちなみに2番目は興福寺の50メートル。よって、この大塔が現存していれば、奈良の風景もまた違ったものになっておったじゃろうに。
 pic 07 gangoji 21 soseki

元興寺⑩~「仏足石」へは触るべし!~

わしがおる収蔵庫の前の庭に、平たい石版があるんじゃ。よくみなされ!細い線で足が書かれているのが、わかるかのう。これを仏足石という。偶像崇拝を禁じた仏陀を偲び、古代インドで足形として信仰の対象としたものなのじゃ。足形だけでなく、魚や法輪も描かれておるぞ。
 
 pic 07 gangoji 20 bussokuseki01
Joomla templates by a4joomla
Copyright 2000-2016. MONK Forum. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.